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みつお

(著者に会いたい)『出家への道 苦の果てに出逢ったタイ仏教』 プラ・アキラ・アマローさん  ■托鉢で人生再生一歩ずつ 作家・僧、プラ・アキラ・アマロー(笹倉明)さん(71)  足の裏が、コチコチに硬い。裸足で地面を歩き続けているからだ。  タイ・チェンマイの寺院で迎える朝は早い。午前5時前に起床、往復2キロの道のりを、オレンジ色の衣をまとって歩く。托鉢(たくはつ)だ。  1989年に『遠い国からの殺人者』で直木賞受賞、新聞連載小説を5作手がけた人気作家だった。それが、2016年にタイで出家。なぜそんなことに? タイ仏教の習俗の紹介と共に本書で明らかになる。  業の深い人生だったと振り返る。妻子と別居中、別の女性との間に息子が生まれ、離婚するまでひた隠しにした。作家としてもテーマが定まらず、執筆依頼は途絶えがちに。町おこしを掲げる温泉街の頼みで書いた『新・雪国』の映画化に奔走、借金までして失敗した。「その気になればできたはずの努力をせず、といったことがあった」とつづる。  05年、暮らしに困り、タイに移住してみた。シニアのプロゴルファーを目指してもみた。本書に書かれたその顛末(てんまつ)と心情は、胸に迫る。  母方に寺関係者が多く、幼心に言い聞かされた母の教えは、仏のものだった。「出家は、因果のつらなりを見るに、それなりに必然性があった気がします」  いまになって、思う。「過去の私の作品には、仏説が知らず知らず入り込んでいた」  早朝、托鉢して歩く道のりには、僧侶のために、午前3時に起きて料理を用意してくれる女性たちがいる。長寿を願い、祝福する経を唱えてそれをいただく。タイでは出家は「絶対善」。誰も理由を問うたりはしない。それだけに、「布施で生きるようになると、自省の念を常にもたされる。戒律を守っているか、修行を怠っていないか。これからは、わたしの言葉で、仏典をよりわかりやすく解きほぐしていきたい」  (幻冬舎新書・858円)  (文・写真 興野優平)

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福田のトーク
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    プラムにて。孫はハワイの高校を卒業して、アメリカ本土の大学で学びます。

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    彼の母親(私の娘)曰く、「金正恩みたい」。

    ガールフレンドがいないので、友達に頼んで妹さんが行ってくれたそうです。

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    彼の母親(私の娘)曰く、「金正恩みたい」。

    ガールフレンドがいないので、友達に頼んで妹さんが行ってくれたそうです。

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    今朝はBart Van Oortさんの弾く、ハイドンのピアノソナタ50番を聴きながら、連休中日をスタートしました。

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    見城徹見城徹

    ↑ 出雲市に詳しい訳ではなく、竹内まりやについてちょっとだけ知っているだけです。出雲には一度も行ったことがありません。一度は行きたいと思っています。

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    昨年8月に朝日新聞に掲載された「(語る 人生の贈りもの)竹内まりや:2 庭の石段でザ・ピーナッツ熱唱」から

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    (語る 人生の贈りもの)竹内まりや:2 庭の石段でザ・ピーナッツ熱唱
     ■シンガー・ソングライター、竹内まりや

    《2男4女の三女。両親は出雲大社近くで老舗の竹野屋旅館を営み、元大社町長の父は歌が、母はピアノがうまかった》
     子どもの頃の私は、一言で言えば、おてんば。いろんなことに好奇心旺盛でした。女の子とつるんでお人形で遊ぶよりは、男の子と川に行ってフナやタニシを捕ったり、木登りをしたりする方が大好き。「まーちゃんはおてんばだねぇ」ってよく言われていました。
     旅館のお客様には外国の方も多かったし、俳優の岡田真澄さんが部屋でサインされるのをそばで見ていたり、歌手の森山加代子さんと一緒に出雲大社にお参りしたりしたことも覚えています。
     一番最初に音楽に触れたのは、幼稚園で教わった童謡だと思います。年少組の頃、園児全員が講堂に集まった際に、「今日は一人だけ前に出て歌ってもらいます。まりやちゃん、出て来てください」となぜか担任の先生に指名されて、当時習っていた「きくのはな」という童謡をみんなの前で歌いました。「まりやちゃん、上手に歌えましたね」と褒められてすごくうれしかったし、講堂で一人で歌った光景は鮮明に覚えています。
     《5歳からピアノを習う。小学校の合奏団ではマリンバやアルトアコーディオンを担当した》
     1年生で初めて合奏に参加したときは、「あなたは木魚をやりなさい」と言われて、トントンとやるだけだったんです。もっといろんなことができるのに、と悔しかった。忘れもしない、木魚の挫折です。
     「この音楽すてきだな」と最初に意識したのは、コニー・フランシスやニール・セダカの曲を、弘田三枝子さんやザ・ピーナッツが日本語で歌ったポップスです。小学生の頃、毎日家に帰るとレコードに合わせて歌っていました。「今夜は私たち姉妹がザ・ピーナッツやるから」と仲居さんたちを集めて、一つ上の姉と2人、庭の石段の高い所で歌ったことも。この頃から歌うことが好きだったと思います。(聞き手・坂本真子)

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    五歳のころ、島根県大社町(現出雲市)の自宅にあったピアノの前で記念撮影=本人提供