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ちゅーそん
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「いのちの停車場」南杏子著 幻冬舎文庫を読み終えました。 目の前にある当たり前の日常の大切さ。家族との時間がこんなにも愛おしいと思わせてくれたことに感謝します。涙で文字が滲んで読み進められなかったし、このあと起こるであろう患者の死が分かるだけに、悲しくて何回本を閉じただろうか。 核家族化、病院での看取りが一般化した今。死を体験することがなくなり、死が身近なものではなくなってしまったように思う。 延命治療において、家族、医師の少しでも長く生きて欲しいという願いと、患者の意思は必ずしも同じではないようだ。治療の効果がこれ以上ないとなったとき、病院にいる限り患者の意思よりも延命が優先される。 また、忙しい日常に患者の死への準備を病院に託しているのかもしれない。 人を死に至らしめる病というのは、患者本人には耐え難い苦痛が伴う。回復することはないと分かった時、苦しみに耐えて延命することの意味を考える必要があるように思う。 患者とその家族の「死」の迎え方の一つとしてある在宅医療には、一人一人の死の迎え方がある。いつか私もに患者になる時がくる。回復の見込みがなくなった時には在宅医療を選び、家族に看取られたい。私が産まれた時には家族が周りにいたように。

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