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トーク情報
  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    にんめら
    吉川さん的には、今のファストファッションの質やデザインで十分におしゃれできると思われますか?

    全然出来ます!もう高価なブランド服はいらないと思います。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    不安とは先が見え無く、今考えても解決しないとの事ですが、その日その日の事だけを考えて生きる事がベストなのでしょうか?

    今考えても仕方ないことは考えないってだけで、今日だけのことを考えているわけではないですよ。むしろ、先を見ながら今日を生きます。

    日々更新される情報をもとに、将来はこうなるだろうなぁとか、考えます。これは、「見えないから不安」なことと真逆です。

    物事の本質的なこと、現在進行形のテクノロジーや社会のことを考えれば、ある程度の未来を予測できるようになるので、結果的に不安はなくなるのです。

    もちろん正確には誰もわかりませんが、方向的にはこうなるなとかは、自分なりにわかってくるってことです。

    考えるのに時間はかけません。ひらめきのようなものですから、新しい情報を手にしたとき、自分の考えとネットワークが繋がって、なるほど!って、思ったりするわけです。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    にんめら
    漠然とした質問なのですが、宗教についてはどう思われますか?信仰することなのでただの思考停止でしょうか? ただの偏見かもしれませんが、自分は、仮に友人や彼女が宗教に入っていたとしたらあまり良い印象はもてません。

    人間だけが他の動物と決定的に違うのは、存在しないものを信じることができ、見えないものを想像しながら未来をシミュレートすることです。

    他の犬や猿などの動物は、過去の経験から目の前にあるもの、目の前で起きている事象に対して、快か不快かは判断できますが、 存在し得ない神を信じたり、将来の人生設計を考えたりは出来ません。

    この人間だけが唯一身につけた虚構を信じる能力こそが人間であり、さらにその虚構を集団で信じることができ、個人個人を同じ方向に動かすことができる大きな力を得ました。

    宗教も虚構を集団で信じることで、可能になったわけですが、お金、通貨も同じです。

    実際には存在しない、形のない価値や存在を集団で信じることで、それが実在してるかのように振る舞うのです。

    これが破壊されるときは、大多数の人が信じることを一斉にやめたり、大多数のネットワークが破壊されない限り消滅しません。

    今日私が一万円札を信じるのをやめても、一万円札の価値は変わりません。宗教の中にいる誰かが、その宗教を信じるのをやめても、その宗教は変わらない、なくならないのも同じことですね。

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  • 吉川朋孝
    吉川朋孝

    質問:
    お金に例えるととても理解しやすいですね!

    宗教だけではなく、虚構や形のないもの(神など)を信じるというのは、自分で思考することを放棄し、自分の考えやアイデンティティが確立できていないから信仰するのでしょうか?

    回答:
    先にも、人間だけが他の動物と違い、虚構を信じ、未来をシミュレートすると言いましたが、これができるからこそ、まだ存在しない漠然とした将来を不安になるのです。

    この不安を回避したいために人間は何かあればすぐに原因を知りたがりますし、場合によっては原因をねつ造します。

    これは同じ不快な事が起きて欲しくない、なるべく不確定要素を排除して未来を予測しやすくするための思考でもありますが、この原因の見つけ方、作り方には個人差があります。

    これが宗教になったり、占いになったり、はたまた問題そのものを見ないように逃避するなどします。

    原因解明が自分に向いているのか、外的なものへ向けるのかには、個人差があります。アイデンティティ確立後は、自分が源だと言うことがわかるので、原因はすべて自分であり、自分の未来は自分で変えられると気づきます。

    起きた問題を自分に向けるのか、外的なものへ向けてしまうのかによって、問題解決能力に差が出てきます。よって、問題解決能力が高い人ほど将来への不安はなくなります。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    考えても意味が無い不安な事は吉川さんにとってどんな事でしょうか?自分の周りでも、会社を経営している人で漠然とした将来の不安を持ってる人が凄く多くて、自分もそうだったんですが、ある種自然な事かなって思ってたんですが、最近は不安という感情は割に合わないとも思うようにもなって来ていて^^;

    考えても意味のないことは、すでに出てこなくなったので、今何か?と言われると難しいですが、アイデンティティ確立前の自分にあったものを書きますね。

    髪が猫毛なので、小学校の頃に将来ハゲたらどうしようと真剣に悩む。それによって結婚できなかったらどうしようとか。

    身長が高い人、お金持ちの家に生まれた人を羨む。自分にないものへのコンプレックス。

    とかでしょうか。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    将来ハゲたらどうしよう→将来貧乏になったらどうしようは構造的には同じような部類ですが、頭髪に関しては、生命の危機は無いですが、お金に関しては、生存に直結する根源的な恐怖なので、正直、相当お金持ちにならない限り、不安は付きまといませんか?

    いえいえ、当時の私としては、お金より将来ハゲてしまうほうが、全然生命の危機でしたよ(笑)

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    お金も人間が作り出した虚構で、その虚構に振り回らせれてる事を考えると、滑稽ですね^^;僕は正直に申し上げて、お金が一番重要でお金が何だかんだ全てを解決するって信じてる人間なのですが、これも変な宗教にはまってる信者と同じなのでしょうか?

    そうですね(^^)大日本帝国宗教に属し、日本円を崇拝していることになりますね。今、仮想通貨が加熱してますが、なぜ株に投資をしない日本人が仮想通貨には手を出すのか?それは拝金主義が多く、一発逆転をお金で成せると思っているからです。

    年収で人を判断したり、収入で仕事を選んだり、お金持ちの暮らしをテレビで見たりは、まさに拝金主義ですね。

    数年前にビットコインについて私が勉強をしたときは、さっぱりわからなくて、それでも何だかすごい革新的なものであることはわかっていたので、そもそもお金って何?ってところを調べたら、私たちが無意識に信じている法定通貨こそ、詐欺だなと構造的に思ったので、ビットコインには潜在的価値があると思いました。

    ただ、多くの日本人が過熱しているのは、本質的価値のない草コインばかりですが。。。同じ仮想通貨に抱く可能性も、勉強している人と、儲かるからやる人とでは、大きな差が出てしまいます。法定通貨至上主義も安全ではなくなると思います。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    なるほど、、確かにドルも円も何の裏付けも無い紙切れで虚構だったとしても、その紙切れを中心に社会が回ってるので、いざ、経費の支払い日にはお金教に戻ってしまっていました。今全てが片付いて、次どの事業を立ち上げるか考えていても、やっぱり好きな事より、お金の事しか頭に浮かびません。あー、難しいですね。はっきり言って、お金の事に関しては頭と心が合致しないです(笑)

    続き「今の貨幣がこれからどうなるかわかりませんが、本質的には貨幣の種類が変わるだけで、仮に貝殻に戻ったとしても、結局人は貝殻を沢山得る事が出来る人に人は集まり、貝殻を沢山得る仕事に人は集まると思います。全てが片付いて、次どの事業を立ち上げるか考えていても、やっぱり好きな事より、お金の事しか頭に浮かびません。ズブズブのお金教の信徒な事は自覚出来ていますが、、(笑)」

    回答:
    貨幣は、価値の保存、価値の交換、価値の尺度が備わっていれば何でもいいので、法定通貨にこだわる必要はありません。

    既存の法定通貨は、偽札対策や管理に大きなコストがかかり、現金でやりとりされたら補足が困難なため、お金の流れを完全に把握できない。そのため、税金や会計の管理が複雑化、お金の供給量のコントロールも難しい等、万能ではありません。

    この不完全な部分を置き換える可能性が高い技術が、ブロックチェーンによる通貨です。法定通貨をブロックチェーンによるものに変える国は出てくると思います。

    そうなれば、現金は不必要で、財布もなくなります。税金や会計は自動で行われ、マネロンも脱税もできないので、公平です。コストも激減するので、税金も安くできると思います。

    また、お金が大事な道具なのは、間違いありません。ただ、気をつけなくてはいけないのが、お金だけを見てしまわないことです。

    お金だけを見ると、お金の稼ぎ方を知っている人に負けます。詐欺られます。公平なやりとりに見えるものも、実は相手に思いっきり有利なルールだということを見抜けずに損をします。

    これでは、ずっとかもられ、負け続けるのは目に見えてます。だから、お金を稼ぐ方法は身につけなくてはいけません。

    それには、たくさんの失敗と学びが必要です。投資を誰かが良いと言ったからやってみたりとか、流行っているから、乗り遅れないためにとか、それらをあまり調べもせずにお金を出すとかはやってはいけません。

    稼ぐ方法は、自分の得意分野で稼ぐのがベストでしょう。好きこそものの上手なれですから、好きなことをやると良いと思います。好きなことなら、今すぐお金にならなくても失敗しても、続けられますからね。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    タイチ
    >大事なのはお金だけを見てしまわないようにする事です これが、本当に難しいですね(笑)頭ではただのツールとわかってるんですけど、中々^^;確かに拝金主義ですね。吉川さんは、いつから今のようなお金に対する考え方になったんですか?あれだけメディアに取り上げられたら、欲が出て拝金主義一直線になってもおかしくないと思いまして。吉川さんも痛い目に遭われたんですか?

    小学生の頃、マンガやテレビの影響から、お金持ちはずるい人、意地悪な人みたいなイメージが世間ではありましたが、その頃からそれは違うのではないかな?と疑問に思ってました。

    自分の周りには本当のお金持ちの子供はいなかったので、その頃は確認ができませんでしたが、お金に余裕ができたら、心にも余裕があるのでは?と思ってました。

    また、中学でバイトを始め、周りの子よりお金を持ったときも、持つ前の自分と何も変わらなかったので、将来お金を持っても変わらないと思いました。そして、大人になってもそれはやっぱり変わらなかったと確認ができました。

    元から考え方としては、好きなことしかやりたくない、お金や人など、外的なものに支配、コントロールされたくないというのは、性格的に強くあります。

    お金は大事です。思想だけでは誰も認めてくれないし、ついてきません。相手にインセンティブを与えないといけませんから、そのやりとりとして一番適しているのが、価値の交換ができるお金と言うことです。

    つまり、目的を達成するための手段、道具がお金と言うことですね。お金が目的化されてはいけません。お金が目的化されてると、相手を出し抜く行動になりやすく、噓をつくことになるので、大きな信頼を失います。信頼を失うのは、生涯にわたって大きなリスクです。

    痛い目遭いましたよ。たくさん。でも、そのたびに騙されにくくなりますから、騙してこようとする人も寄りつかなくなります。ドロボーは、入りやすい家から狙うのと同じですからね。

  • 吉川朋孝
    吉川朋孝
    みほ
    何故、男の人は浮気しても許される場合があるのに 女は浮気をすると許されないんでしょうか? 納得がいかないです

    それは、いくつか理由が考えられます。まず生物的プロトコルの問題。これは生物ルールの上位に位置するので、書き換えが不可能な部分です。

    書き換え不可な生物ルールの種の保存、繁栄を考えたら、遺伝子配列は多様性があった方が有利となります。

    もし、優秀なものだけを選び、同じ系統の遺伝子配列ばかりになってしまうと、環境の大きな変化、細菌やウイルスなどにバッチリ当たってしまった場合、絶滅を免れることは出来ません。

    男性がたくさんの女性と性行為を持ちたがるのは、このルールに従ってしまうため、理性だけが最後の砦となります。理性は割と最近に作り上げられたルールなので、弱いです。

    性交渉をできるだけ新規の女性としたいという男性の生物的ルールがあるため、男性の中では、何人やったとか、あの女とやったとかが自慢になってしまうのです。

    女性も同じく他の男性としたいのかもしれませんが、女性は男性と違って、いろんな男性と性交渉をしたことは男性から安くみられることがわかっているため、簡単にはしないし、したとしても隠します。

    男が女性の浮気が許せないのは、社会の秩序の中で作られてしまった力関係と所有者としての権力だと思います。もし女性の方が稼ぎがよくなり、男性は稼ぐことより育児や家事をやったほうが適しているとなったら、考え方は変わってくるかもしれません。

    男性が女性を所有すること、支配することは生物的に初期の文明には理にかなっていたはずなので、世界中で同じような解釈がされていたようです。そのことがわかる、サピエンス全史(上)の「男女間の格差」にこんなことが書かれています。

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    多くの社会では 、女性は男性 (父親か夫か兄弟の場合が最も多かった )の財産にすぎなかった 。強姦は多くの法制度では 、財産侵害に該当した 。つまり 、被害者は強姦された女性ではなく 、その女性を所有している男性だった 。したがって 、法的な救済手段は所有権の譲渡であり 、強姦者は女性の父親あるいは兄弟に婚資を払い 、その時点で女性は強姦者の財産になった 。聖書は次のように命じている 。 「ある男がまだ婚約していない処女の娘に出会い 、これを捕らえ 、共に寝たところを見つけられたならば 、共に寝た男はその娘の父親に銀50シェケルを支払って 、彼女を妻としなければならない 」

    どの男性のものでもない女性を強姦するのは 、犯罪とはまったく考えられなかった 、人通りの多い道で落ちていた硬貨を拾うのが窃盗と考えられないのとちょうど同じだ 。また 、夫が妻を強姦しても 、罪を犯したことにはならなかった 。それどころか 、夫が妻を強姦しうるという発想そのものが矛盾していた 。夫ならば 、妻の性的支配権を完全に掌握していて当然だったからだ 。したがって 、夫が妻を 「強姦した 」と言うのは 、人が自分の財布を盗んだと言うのと同じで 、筋が通らなかった 。そのような考え方は古代の中東だけに限ったものではない 。2006年現在で 、夫が妻を強姦しても起訴できない国が依然として53か国もあった 。ドイツにおいてさえ 、強姦法が修正され 、夫婦間の強姦という法律のカテゴリ ーが設けられたのは 、1997年だった。
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    今では考えられませんが、このような生物としての本質的事実を理解した上で、じゃあどう考えて、どのような社会にしていくべきかをみんなで考えることが良いと思います。常識は常に変わっていく物ですが、書き換え不可な生物的ルールは変えられないことも考えながらですね。