見城徹見城徹2017年09月09日 11:01僕が今期のトークを始めたのが2016年2月10日。今日で1年7ヶ月が経過したことになる。ほぼ毎日、その日の気持ちを打ち込んで来た。ここには僕の1年7ヶ月の悪戦苦闘、七転八倒、歓喜と絶望、笑いと溜息が息づいている。良くも悪くも見城徹。二度とやらないと決めていたが、皆さんとのやり取りを読み返していると、再開して良かったなあと思う。書けないことも沢山あるけど、僕を感じて欲しい。何かのヒントや刺激になって欲しい。僕も皆さんを感じたい。足音や咳払い、溜息や心臓の鼓動に耳を澄ましたい。生きているって、それだけで奇跡だもの。1
見城徹2時間前見城徹見城徹幻冬舎を作って最初に決めたこと。①安易な道は選ばない②金のために魂は売らない③恩は10倍にして返す最初の出社日は嵐のような大雨だった。室内に何もない四谷2丁目の雑居ビルで8名が車座になって僕が持って来たラグビーボールを廻した。運命の歯車が動き出した。643433
見城徹1時間前三上雅博三上雅博↑おはようございます。2019年11月の親父の投稿のリトークです。まるで映画のワンシーン。その場面を想像するとワクワクドキドキ、そしてゾクゾクしてしまいます。こうして決戦の火蓋は切られたのだ。戦いの幕は切って落とされた。そうして幻冬舎は立ち上がり、翌春に闘争宣言を掲げ6作品同時刊行。「文芸元年」を迎えたのだ。伝説の始まりだ。本日も皆様、宜しくお願い致します。1156
見城徹見城徹1時間前↑ 2024年11月12日で幻冬舎は創立31年目を迎えた。設立登記した日は秋晴れだった。最初の出社日は大雨だった。31年が経った。42歳だった僕は73歳になった。信じられないことに幻冬舎はまだ、在る。150
見城徹1時間前三上雅博三上雅博僕も格好良く出陣したかった。いつも軍勢が雪崩の様に流れ込んできて乱戦の中でなんとか生き残っている状態だ。切り伏せても切り伏せても、ずっと窮地に立たされている。息は切れ、血は流れ、骨は軋み、涙は枯れる。視界は歪み、もはや痛みは感じない。絶望だけが友達だ。1111