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見城徹

会見やテレビ、動画の安倍晋三と小池百合子を比べて欲しい。安倍晋三は苦渋を滲ませている。小池百合子は嬉々としている。小池百合子はどこまで行っても自分ファーストなのだ。発言も都合が悪くなるとコロコロ変える。 小池百合子、恐るべし!

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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    ↑ 嬉しくてもう一回、リトーク。22年前に出版し320万部のロングセラーになっているこの素晴らしい本を何とかこの時代にもっと知ってもらいたくて、この1ヵ月圧倒的努力をして来たつもり。
    悩んで、悩んで眠れない夜もあった。
    全てが報われた瞬間が今日のAmazon総合1位です。

  • 見城徹
    見城徹

    サザンオールスターズの桑田佳祐はこの作品のファンであることを公言しており、サザンの楽曲「からっぽのブルース」は一部これに影響を受けて制作されたことを公言している[2]。また、桑田のソロの楽曲にはこの小説と同名の「大河の一滴」という楽曲が存在する。

    Wikipediaより

  • 見城徹
    中川 剛中川 剛
    投稿画像

    ↑おめでとうございます‼️🎊🎉
    「大河の一滴」を読んだ時の感動は凄まじいものでした。「胸に沁み入る」という言葉が一番当てはまる圧倒的に素晴らしい本です。今も、何度も何度も読み返しています。読まなきゃ絶対損です。本当に!そして、以前にも755に書きましたが、滅多に大きな声は出さない母が、「大河の一滴」について語ってくれた時だけは、こちらが「おっと」と仰け反るほど大きな声で興奮した様子でしゃべりました。「この本には超感動した。見城さんに伝えて!有難うございます、と。彼がいなかったらこの本はなかったかも知れないでしょう。編集者は凄いわね。こんなに素晴らしい本はないわ!」と。確かこんな言葉でした。これも、同書に纏わる忘れ難いエピソードです。今、ふと、大好きな或る書店の入り口を入ったところに、鮮やかなポップと共に、「大河の一滴」がドカンと積まれている映像が頭に浮かびました。320万部という超圧倒的ロングセラー!ぜひ日本人全員に読んでほしいです!!

  • 見城徹
    ろころこ

    Amazon一位おめでとうございます!

    22年ぶりに読み返しました。
    発売当時の1998年4月はちょうど、一人目の子供を授かったばかりでした。
    とても嬉しい反面、主人が薬物依存から人生をやり直したばかりだったので、周りからは心配されたり、羊水検査を受けた方が良いと言われて戸惑っていた時期でした。

    「検査の結果を聞いたところで産むに決まってるんやから受けません」と病院にお伝えしたら、もっと慎重に考えて、みたいなことを言われてすごくショックを受けていいました。自己責任とか自業自得という言葉が胸に刺さりました。

    そんな時にこの本の中の蓮如の言葉

    「人は、かろきがよき」

    に救われたことを思い出します。
    小さい頃から悩み事があっても一晩寝ると忘れてしまう自分は軽薄なのか、クヨクヨしそうになっていましたが、やっぱり自分の直感を信じていこうと勇気が出ました。

    その後、蓮如に魅了され、本を読んだり調べたりして妊娠期間を過ごしました。
    そしたら何と、私が通っていた幼稚園のお寺を建立したのが蓮如でした。
    蓮如が最後に住んでいた地域で私は生まれ育っていたんです。
    当時は不思議というよりも、度重なる偶然が怖かったです。
    でもそんな経験が増えた今では、人生に起こる偶然は必然なんだナ感じることが自然になりました。
    こんな風に思える今があるのは、大河の一滴のおかげです。

    あの頃の大河の一滴は私にとって、お腹の中に芽生えた一滴でもありました。

    そのあと、妊娠中に盲腸になって麻酔無しで手術をしたり、その傷が原因で難産を経験してお花畑に行きかけたりしましたが、おかげさまで元気な男の子が生まれました。

    その子に蓮という字を使わせてもらったのも、五木寛之さんのお話に影響を受けて、泥のような濁流の世の中でも綺麗な心(花)を忘れずに生きて欲しいからだったのですが、これも今となってはすごく不思議です。

    見城さんのおかげでずっと心に灯りをつけることができています。
    今年に入って走馬灯のようにいろんなことを思い出しています。
    私、大丈夫かな(笑)
    とにかく有り難うございます。

    心から祝福させていただきます!
    一位に乾杯🥂

  • 見城徹
    ベガーズバンケットベガーズバンケット
    投稿画像

    連休中に丁度[大河の一滴]を読み直していた時に、見城さんが755のトークに[大河の一滴]を読むと記されていて、そして今度は数日後に五木さん出演の放送があったので、当時は余りの偶然に驚いてしまった。
    22年前に出版された本が、緊急を要する問題に直面している今の時代にも圧倒的に支持されているという事は、既に代替えがないという事だ。代替えのきかない書物とは、名作と呼ばれると同時に、いとも簡単に歴史を要約してしまう力をもつ書物の事だと思う。
    欲を言えば、多くの人の〝精神の危機”を救う本の誕生秘話として、見城さんの何十通ものラブレター(?)から始まった五木寛之さんとのエピソードも、サブストーリーとして語り継がれて欲しいです。
    見城さんの情熱が無かったら、あの時途中で諦めていたら[大河の一滴]は、この世界に存在しなかったのだから。

  • 見城徹
    見城徹

    ↑ お三方、有難うございます。
    [大河の一滴]は44年前の僕の五木寛之さんに対する25通の手紙から始まっていることは確かです。それがなければ僕は五木さんと知り合っていないのですから。僕はどうしても五木寛之さんと仕事をしたかった。その熱狂だけで毎回徹夜で手紙を書いていました。23年前、幻冬舎を創立して4年ぐらい経ったある日、僕は部下の石原正康と共に五木さんと食事をした後、場所を変えて3人でお茶を飲んでいました。その時、五木さんが自分に言い聞かせるように静かに語った話が発展して[大河の一滴]の出版は決まったのです。[大河の一滴]の「あとがき」にその出版の経緯は書かれています。一冊の名作が世に出るきっかけは不思議に絡まる運命の糸に導かれていると今になって強く思います。

  • 見城徹
    見城徹

    新宿の三越伊勢丹デパートに行った。どうしても買わなけばならない僕の洗面の必需品が三越伊勢デパートにしかないからだ。しかし、やっと辿り着く入口の殆どは閉鎖。数少ない入館可能な入口は凄い行列だ。この行列の方が正に三密だった。
    結局、時間が無くて目的を果たさず三越伊勢丹を離れた。あれでは迷路だ。腹が立つ。しかし、仕方がないのかなあ。

  • 見城徹
    見城徹

    せっかく新宿に来たのだから三越伊勢丹から紀伊國屋書店へ。
    一階に[大河の一滴]の文庫が目立つところにないのにガックリ。すぐに営業統括の常務取締役に電話。改善を指示する。目に付くところに置いていなければそりゃあ売れないよね。念入りに昨日から営業部が紀伊國屋書店に営業すべきだった。ちょっとの手抜きが積もればやがて会社の屋台骨を揺るがすのだ。
    小さなことにクヨクヨしろよ!