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見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    城所 大観城所 大観

    本質は何も変わらない、至言だと思う。

    高校の教室から眺めていた景色から、とても遠くまでやってきた気がする。

    確かに生活をする風景は変わり、鏡に映る僕の姿もあの頃とはだいぶ変わった。

    ただ、ここにいる僕はあの日と変わらず何かと戦い、何かに歓喜し、何かに怯え、愛した者を傷つけ、愛した者に傷つけられ、もがき続けている。

    確かに本質は変わらない。

    ただただ場面とファイトスタイルが
    変わっているだけだ。

  • 見城徹
    見城徹

    失望と共に眠り、憂鬱と共に目覚める。
    考え過ぎるのか?人に期待し過ぎるのか?
    目標を高く設定し過ぎているのか?
    不安と恐怖と戦いながら、今日も生きる。
    数日前に部下に言った。
    「面倒臭い案件を避けたら仕事の結果は出ない。
    面倒臭くなければ仕事じゃない。仕事は元々面倒臭いという前提で取り組んで欲しい」。これに尽きる。恋愛や人間関係だって、トレーニングだって同じだろう。自分を捨て、面倒臭さに耐える。
    自分を捨てられるか?否か?そこからしか始まらない。失望の夜と、憂鬱な朝。それは捨てられなかった自分の残滓だ。自分を捨て切った時、大きな何かが動く。

  • 見城徹
    見城徹

    僕に一番出来ない作業。それは自己愛を捨てるということ。しかし、こんなことを書いている時点で既に自己愛に満ちている。

  • 見城徹
    見城徹

    5月27日に発売する重信房子の獄中手記
    [戦士たちの記録ーパレスチナに生きるー]の推薦文を書いていた。こちらが出したタイトル案は[革命という名の青春]だったが、著者に拒否された。「青春」という言葉に括られたくなかったのだろう。凄く理解出来る。この本は正に「戦士たちの記録」なのだが、タイトルが地味になってしまったのは否めない。しかし、僕としてはこの本を商売として成立させるつもりはないので著者の希望通りにした。
    新聞広告の推薦文をここに記す。

    涙なしには読めない。
    それぞれの闘争。それぞれの革命。それぞれの愛。それぞれの死ーー。この記録から立ち現れる戦士たち一人一人の痛々しいほどの微笑。
    1972年5月30日に決行された[リッダ闘争]から50年。
    重信房子は21年7ヶ月の刑期を終えて5月28日に出所する。
                ーー見城徹(編集者)

  • 見城徹
    見城徹

    [戦士たちの微笑]というタイトルも考えたが、著者に拒否されただろう。いかにも情緒的だからね。

  • 見城徹
    見城徹

    これから幻冬舎の石原正康専務の出演する舞台を観ます。
    [?人のおもしろがれない大人たち]。新宿シアタートップス。