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高架線のカフェテリア

#1522『賀喜遥香論 I see...』 2019年3月に上京して1年が過ぎた。 私は少しは成長できたのかな.... ふと、故郷の景色を思い出す。涙まじりに。 賀喜遥香。乃木坂46第4期生。 2001年8月8日生まれ(18歳)166cm。 栃木県出身。10歳まで大阪にいたが 父の転勤を境に、以降7年を栃木県で過ごす。 小さい頃は、公園で全く知らない子でもすぐ友達になって、一緒に冒険ごっこをしたりと活発な女の子だった。夢中になったのがTVアニメ。真似してイラストを描く様になった。特に「きらりん☆レボリューション」が大好きだった。普通の中学生がある日突然アイドルになるというストーリー。ほんの少し「自分もアイドルになれるかな?」と考えたりもした。 だけど.... 小学生の頃、不登校になった。 ある日、クラスの影口が聞こえて来た。 誰かに相談なんて出来ない。 きっと考え過ぎだと、そう思われるから。 中学へ進学し、バスケットボール部に入り友達も増えた。あの頃の不登校だった記憶は薄れていた。だけどあの日以来、自分に自信が持てなかった。 背が高い所、声が低い所が嫌いだった。 すぐに泣いたり、すぐに折れてしまう性格も嫌いだった。 自分の全部が、嫌いになった。 もっと強くなりたい....そう思っていた。 その頃の夢は、誰かを笑顔に出来る仕事に就く事。具体的には看護師に憧れていた。 そんな時、白石麻衣が出演したアナザースカイを何となく観ていた。その中で語られた「不登校」の事。今ではこんなにキラキラしてるアイドルだって、昔は私と同じ経験をしてたんだと共感した。その日から、乃木坂46に興味を持ち始めた。毎日YouTubeで乃木坂の動画を見始めた。ドキュメンタリー映画を観てふと涙が「みんな色んなコンプレックスを抱えて生きて来たんだ....」と。そして気が付けば、アイドルへの夢が膨らんでいた。 そんな最中、CMで坂道グループ合同のオーディションが開催される事を知った。その頃にはすっかり乃木坂にも詳しくなり、憧れのアイドルは山下美月。乃木坂46になりたいと思った。 2018年8月19日、応募総数129,182人の中から39名が坂道合同オーディションに合格。そして11月29日、その中の11名が「乃木坂46第4期生」として所属が決定した。 ここに乃木坂46賀喜遥香が誕生した。 始まったレッスンの日々の中、同じ4期生は友達でもありライバルでもある信頼関係を築いた。苦しい時も楽しい時も、いつも笑顔は溢れていた。 そして、時は流れ.... 2020年2月24日。名古屋ドーム。 8th YEAR BIRTHDAY LIVEの4日目。 賀喜遥香に任せられたのは「強がる蕾」 乃木坂ファンにとって大切な一曲。 それをこんな私が一人で披露して良いのだろうか? 賀喜遥香は乃木坂46の選抜メンバーに抜擢。時に乃木坂を代表して登場する場面も増えていた。それでも彼女が卒業生・深川麻衣のソロ曲を任されるのは明らかに荷の重さを感じた。だからこそ出番直前まで、賀喜遥香は不安と戦っていた。 そして、5万人のステージへと上がった。 声は出なくなり、思わず涙が溢れた。 一面に広がる緑色のサイリウム。この曲に込められた沢山の愛。乃木坂46の歴史の重み。ドームの広さに先輩方の計り知れない努力を感じ。でも今、ここに立っているのは不甲斐ない自分、、色んな感情が入り混じっていた。 そして何より、 優しく見守ってくれたファンの方々の温かさ。 この曲の歌詞の意味が胸に沁みる.... ずっと一緒に住んでたお母さんに「いきなりおらんくなって寂しいやろ?」って聞いたら「そら寂しいに決まってるやん」て言うけどいつも私を1番応援してくれた。   お父さんは口数少ないけど、車でいつも乃木坂の曲かけてくれてるし、乃木坂の番組も沢山見てくれた。   弟も私が加入してから、乃木坂をよく見てくれるようになって、今もこのライブを映画館で見てくれてる。 友達もみんなたくさん応援してくれるし 家族や友達を残して 寂しい気持ちや色んな葛藤もあるけど 夢への1歩を踏み出してよかったと思えた。 "思い出に負けないように 顔を上げて微笑みながら 一人で決めたことを今踏み出そう 家族や友達残して 旅立つ日は夢への一歩 そう いつでも さよならは強がる蕾" 現在、彼女は4期生のセンターとして そこに懸命に立っている その弱さや強がりを抱えたまま。 今でも泣く事はある。 だけど、ほんの少し自分が好きになれた。 When I see...myself growth, rainbow in the sky. 賀喜遥香の笑顔は、そんな出逢いで溢れてる。

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