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萌神

水鏡を覗いた末姫様は、「ほう」と声を思わずあげた。それはたいそう立派な家が出来ていたからだ。 末姫様が自慢の森から樹木を伐り、池の周りを開墾して畑まで作ってしまった。 この光景を婆やが見たなら、さぞや怒っただろう。人が棲まない森を婆やは好んでいたのだから、、、 しばらくすると、狩りで射止めた兎を手にした男が戻ってきた。 末姫様は、流石に眉を顰めた。兎をたいそう可愛がっていたからだ。 まじまじと男を見ると、やはりあの時の男と判り小さな溜息を零した。 暫くその男を見つめていた。 動く様を見つめながら、美しい指先や逞しい身体を見つめ何故か溜息を零した。 何故、此処なのか、あまつさえ開墾までして留まる理由が無性に知りたくなった。 だが今は駄目だ。婆やと爺やの目が煩い。 偶々、今日は暇だが何時もは習い事で多忙な末姫様。 何度目かの溜息を小さくついて、水鏡のそばから離れた。 二人に話せば、あの男は忽ち追い払われ何事もなかったようにするだろう。 それではつまらない。もっと話しをしたいと考えて末姫様は不思議に思う。 何故、あの男が気になるのか、、、 この胸がざわざわするのは何故なのか、、、 誰かに聞きたいけれど、聞いてはいけない気がする。 戸惑いながらも横になり、懸命に考える。

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物語綴り
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  • 萌神
    萌神

    考えている間に、微睡んでしまったようだ。
    心なしか、身体も楽になった。
    末姫様は辺りを見回して、誰の気配も感じなかったので溜息をついた。
    また習い事をする気が、今日は失せていたからだ。
    そうしてまた、あの男のことに想いを馳せていた。
    「今ならば、行ける。いや、行かなくては、、、。」
    何故か気持ちが焦り、水鏡のそばに赴き何やら呪文を唱える。
    末姫様は、瞬き一つする間に池のほとりに降り立った。
    折しも男は兎に齧り付き、満足気だ。
    気配を感じ、顔を上げ「ひっ」と素っ頓狂な声とともに尻餅をついてしまった。
    夢に何回も現われたあの姫が、目の前にいるのだから。
    末姫様は「何故、妾の兎を喰らう?」と男を見据え尋ねた。
    男はあ、、、やら、う、、、やらで、なかなか言葉にならない。
    末姫様が、地面をどんと踏み締め漸く出た言葉が「腹が、、、」
    さらにどんと末姫様が踏み締め「腹が減ったから。」
    ほうと溜息をついた末姫様は、呆れてしまった。
    さらに詰め寄ろうとしたその時、末姫様の眉間に皺が寄った。
    「気づかれたか、、、来るな。」
    そんな言葉に逆らうごとく、婆やと爺やが姿を現した。
    婆やの形相たるや、自慢の森を穢されて忿怒の面で言葉が出せぬほど。
    爺やは無表情なまま、末姫様を見据えたまま何事もなかったように話はじめた。
    「末姫様、お顔の色がよろしくなり嬉しゅうございます。」
    末姫様は、爺やの言葉にこくりと頷く。
    「そちらのお方は、お困りのようにお見受け致しまする。お館にお招きしてはいかがでございましょうか?」
    末姫様は、「それは善い。」と手を叩き喜び爺やの顔を見据えた。
    爺やは「それでは、末姫様は先にお戻りくださいませ。後はこの爺やにお任せを。」と首を下げた。
    末姫様はこくりと頷くと、瞬く間にいなくなった。
    婆やはまだ、忿怒の面のままだったが爺やから何やら言葉をかけられ、漸く無表情に戻った。
    爺やは目を丸くしたままだった男に近づくと、頸あたりに手をあてもごもごと呪文を唱え、瞬く間に姿を消した。
    婆やは、二人が消えた姿を見届けると大きく息を吸い、辺りを見回し嘆いた。
    そうして両手をすうっとあげ、何やら呪文を唱え両手を回し始めた。
    婆やが両手を下ろした時には、まるで何事もなかったかのように森は前の佇まいになっていた。
    婆やは深く頷き、満足気な表情で末姫様の元に急いだ。

  • 萌神
    萌神

    男が気がついた時には、とにかく驚きの連続だった。
    見る物・聴く音、全てが霞み越しなのだがあまりの煌びやかな様は見ていて飽きない。
    呆けるように、あちらこちらを見てまわり、触って確かめ偶に懐へくすねた。
    「お腹が空いていらしたのでしたね。」
    急に声をかけられて男は「ひっ」と尻餅をついた。
    爺やは無表情なまま「こちらへ。」と、男を誘った。
    男は落ち着きなく、辺りを見回しながら爺やの後ろを歩いた。
    どれほど歩いたのか、、、
    気がついた時には、豪華な椅子に座り見たこともない食べ物を貪り食べていた。
    両隣には美しい娘が、また煌びやかな器に何かを満たし勧めて来る。
    「旦那様、、、、旦那様、、、、呑みませ、呑みませ。」
    頭に響くその声はあまりに心地よく、その飲み物もするすると五臓六腑に染み渡り、男はすっかり眠ってしまった。
    その頃末姫様は、泥だらけの着物を着替える為に湯浴みを済ませ召使いが髪を梳いていた。
    「末姫様。よろしいでしょうか、、、。」
    爺やの声とともに、召使いが下がった。
    「何事じゃ、、、」
    「お連れしたお方は、お疲れだったようでお休みになられました。」
    「そうか、、、。」
    末姫様は、残念そうに呟いた。
    「末姫様、暫くあの方はこちらのお館におられます。ですから習い事は少しお休みいたしましょう。」
    爺やの言葉に末姫様は喜んだ。
    「誠か、、、」
    「すべてお休みすることは、婆やが許してはくださりませんでした。ですからお昼寝までの時間はご自由にお過ごしください。」
    爺やの言葉にこくりと末姫様は頷いた。
    「それから三日後に、お父上がいらっしゃることになりました。ですからお客様がこちらにおられるのも、後二日となりますこともご理解していただきます。」
    末姫様は一瞬哀しそうな顔をしたが、こくりと頷き小さく溜息をついた。
    「それではもう遅いですから、末姫様はお休みくださいませ。せっかく顔色がよろしくなったのが無駄になります。あの方ともお話をされたいならば、なおのこと早くお休みくださいませ。」
    いつの間か戻ってきた召使いが、末姫様を寝所に付き添う。
    末姫様が寝所に入り、扉が閉まったことを見届けた爺やは小さく溜息をついた。
    頭を振りながら、婆やのもとへ急ぐ。
    機嫌が悪いと召使いたちが騒いでいたからだ。
    「面倒だ、、、。だが、旦那様よりは、、、。」
    ぶつぶつと呟きながら、爺やはまたも頭を振り歩みを早めた。

  • 萌神
    萌神

    いつの間にか眠ってしまった、、、
    男はのっそりと起き上がり、辺りを見回した。
    眩い調度品のせいなのか、霞んで見える。
    着物もやはり知らぬ間に着替えさせられていた。
    自分が着ていた着物は、洗濯してあり綺麗に畳んである。
    「あっ」男は急に青ざめた。
    それもそのはず、飲み潰れる前にくすねていたからだ。
    だが、何故かくすねた物まで着物の上にちんまりと置いてある。
    安堵して溜息をついたと同時に「お目覚めですね。お食事はいかがいたしますか。」と聞かれ、驚きすぎて寝所から転がり落ちた。
    そんな男を見つめながら、爺やは返事を待っている。
    男は口を開いたまま声が出ない。
    爺やは小さく溜息をついて「末姫様がお食事をご一緒にと。」
    淡々と要件を男に伝え、さらに返事を待った。
    男はやっとのことで「た、た、食べる。」と声を絞り出した。
    「わかりました。それではお召し物をお着替えしてください。」
    爺やの言葉に、男は慌てて置いてあった自分の着物に着替えた。
    もちろん、くすねた物を改めて懐にしまうことも忘れなかった。
    爺やは男を一瞥すると「ご案内致しまする。」と言い歩き出した。
    やはり男は辺りを見回しながら、くすねることもやめられず歩き続けた。
    漸く着いたようだ。
    爺やは扉の前で「末姫様、お連れ致しました。」と声を出した。
    「入りゃ。」と嗄れた声が聞こえ扉が開いた。
    男が前に進みでると、遠くの方に末姫様らしき人影が見える。
    末姫様の側に行こうとするのだが、脚が動かない。
    男の周りにいつの間か召使いたちが蠢き、見たこともない食べ物が所狭しと並んでいく。
    末姫様と話しをしている自分が、自分でない気がしながらも、昨夜と同様に貪り食べることを止めることが出来なかった。
    腹が満たされ、漸く辺りを改めて見回した時には末姫様の姿がない。
    末姫様はどこへと尋ねようとするが、召使いたちはまたも「旦那様、、、旦那様、、、呑みませ、、、呑みませ。」と勧めてくる。
    言われるがままに呑んでいるうちに、男は眠ってしまった。
    そんな男を冷たく見つめながら、爺やは「下臈が、、、。」と吐き捨てた。
    召使いたちに、寝所へ運ぶように指示を出し自分は末姫様のもとへと急いだ。

  • 萌神
    萌神

    さて末姫様は如何されていたか、、、
    起床と湯浴みを済ませ、爺やには「習い事はお昼寝までお休み」と言われたものの身についた習慣からか習い事を淡々とこなしていた。
    何より婆やが側から離れない。
    末姫様が習い事をしていることを見ているようで、心はここにあらず、、、な婆やが心配でならない。
    末姫様が尋ねたことは応えてくれる。
    くれるが、気も漫ろな婆やが気になってしかたがない末姫様は婆やにどうかしたのかと尋ねた。
    婆やはなんでもないとけんもほろろ。
    末姫様は婆やの眉間に触れ、ここに皺が寄ったままだと伝えると婆やはだんまり。
    婆やのことも心配だが、あの男のことも気になり何故かほうと小さく溜息が溢れた。
    「一緒に食事がしたい。」と洩らす末姫様を、婆やは忿怒の形相で「なりませぬ。」と一刀両断。
    被せるように「わかりました。」といつの間か来ていた爺やが応えた。
    婆やが叫びそうな口を開きかけた耳元に、何やら爺やが囁くと真一文字に結んで黙った。
    「末姫様が習い事をされていて、爺やは嬉しゅうございます。丁度、お食事のお時間ですからご一緒に召し上がりくださりませ。」
    末姫様は、嬉しそうに頷き召使いとともに部屋を後にした。
    扉が閉まるなり爺やは溜息をつき婆やに約束をした。
    決して末姫様のそばに男を近づけないと。
    言葉を交わすフリはさせるのだけは、堪えて欲しいと。
    婆やはじっと爺やを見つめ、「誓うか。」と聞かれ爺やは深く頷いた。
    何度も首を振りながら、婆やはぶつぶつ文句を並べたが「末姫様の為」と爺やに言われて折れた。
    爺やに男の動きは止めてくれと言われ、婆やは深く頷く。
    「あとは任せて欲しい。頃合いをみて末姫様を部屋に戻して欲しい。」と爺やに言われまたも深く頷いた。
    そんな密約を交わし、上手くあしらえた爺やは末姫様のお顔を見に部屋を訪れようと歩みを早めていると、何やら外が騒がしい。
    次から次へと、、、文句を心に吐き出し「何事か。」と尋ねた。
    すると召使いの一人が「龍神様が御出でになる。」と叫ぶ。
    「わかっておるわい。」爺やが呟くと別の召使いが「明日の朝陽が昇るころに、御到着。」と叫ぶ。
    「なんだとっ。」
    爺やは思わず叫んでしまった。
    明後日のご予定だった筈、、、
    末姫様を特に愛でていた龍神様なれば、ご辛抱が出来なんだか、、、
    「すぐにもお出迎えの支度を。」
    召使いたちに一喝し、自分も準備に取り掛かり始めた。
    すっかりあの男の存在を忘れて、、、

  • 萌神
    萌神

    男は不意に目が覚めた。
    外がざわざわと煩いからだ。
    今一度、眠ろうと目を閉じたがやはり煩い。
    何事かと覗いてみようと扉をほんのり開けた。
    誰もいない。どうやら離れた処が騒がしいようだ。
    ちっと男は舌打ちをし、部屋から抜け出した。
    いつの間にか寝てしまうから、末姫様とゆっくり話しも出来なんだ。
    朝飯に話しをしたようだが、実感がないのだ。
    「早いとこしないとな、、、。」
    舌舐めずりしながら末姫様を捜すことにした。
    さてどうしたものか、、、あれこれ思案していると何やら良い匂いがする。
    「そうだった、、、この匂いだ、、、。」
    末姫様は良い匂いがするのだ。
    初めて逢った時も、去ってしまってからも良い匂いが暫くしていた。
    この匂いを辿ろう、、、
    男は召使いたちの気配を気にしながら、匂いを頼りに歩き出した。
    末姫様をどうやって嬲り、全てを搾り取るか考えるだけで気持ちが逸るし昂る。
    だんだん匂いが強くなってきた気がし、「いよいよ末姫様とご対面だぞ。」と若気ながら歩みを速めた。
    曲がろうとしたら誰かの気配を感じ、男は慌てて隠れた。
    いきなり扉が開き、皺くちゃの婆が出てきた。
    「あっ、末姫様のそばにいた婆だ。ってこたぁ、、、。」
    下卑た笑いを男は浮かべ、「末姫様はあの扉の向こうに居るってこった」とほくそ笑んだ。

  • 萌神
    萌神

    気が逸る、、、逸るが婆が扉の前から居なくならないのだ。
    舌打ちしたくなる気持ちを必死で堪え、婆が居なくなのをひたすら待った。
    微動だにしなかった婆が溜息をついて、扉から離れた。
    首を振りながら男とは反対の方へと消えていった。
    男は大きな笑い声を上げそうになるのをまたも必死に堪え、舌舐めずりしながら扉の前に立った。
    だが扉が開かない。
    男が押しても引いても、扉は開かない。
    男は歯軋りしながら知恵を絞るが、開かないのだ。
    「目の前に獲物がいるってのに、、、。あんな化け物、俺くらいしか喰わないぞ。」
    愛らしい顔とは裏腹に、末姫様の背中には醜い痣がある事を男は知っていた。
    男は末姫様を何度か見かけていたのだ。
    あの森は男にとって、格好な逃げ場だったから、、、
    いつだったか末姫様があの池で水浴びをしていた処を覗いてしまった。
    一糸纏わないその身体は美しく、貪りたい欲望に男はかられた。
    だが末姫様が身体の向きを変えた瞬間、息を呑んだ。
    背中の痣が、醜い痣が目に飛び込んできたからだ。
    夢中でその場から走り、息が切れ立ち止まり吐いてしまった。
    「あんな悍ましい痣、見たこともねぇ、、、。あの女は化け物に違いねぇ。」
    その女があんな豪華な着物を纏い話しかけてきた時、「獲物だ、、、。俺のだ。」と心の中で叫んでいたのだ。
    「あの身体も、この眩いばかりの館も、全て俺のだ。」
    涎を垂らしながら、男は扉を開けようと足掻いていた。

  • 萌神
    萌神

    身体が痛い、、、男は肌が焼けている気がしてきた。
    ひりつく掌を無意識に擦り合わせ、扉の前で開けようと格闘を続けた。
    そのうち、館全体が揺れている気がしたが男にとってはそれどころじゃない。
    早く末姫様を嬲ることしか頭に浮かんでいない。
    だからどーんといういきなりの地響きに、男は悲鳴をあげながら倒れ込んだ。
    さらに眩い閃光に包まれ、男は気を失ってしまった。

  • 萌神
    萌神

    龍神様は苛ついていた。
    「末姫様が倒れられた。」と知らせを受けたからだ。
    末姫様のは母御はもう此の世にはいない。
    末姫様を産み落とした時に、生命が尽きてしまった。
    龍神様は哀しんだ。とても愛していたからだ。人間との恋だった。
    せめて母御のそばで、、、
    そんな思いから、末姫様は人間と関われる池で育てることとなる。
    なれど、龍神一族は本来ならばなるべく人間と関わってはならない。
    龍神様は、末姫様を不憫に思い大変可愛がった。
    そんな末姫様が倒れたのだ。
    爺やから知らせを水鏡で聞いた時、胸が痛く掌を握り締めた。
    爺やは「とにかく、大事には至らない。どうか気を鎮めて御いでください。」と平身低頭で龍神様に伝えた。
    暫く龍神様は歯を食い縛ったままだった。
    漸く「あいわかった。兎にも角にも其方に向かう。よいな。」と囁くような声を最後に水鏡の前からいなくなった。
    爺やは「よかった、、、。とりあえず御気を鎮めていただけた、、、。」と冷や汗を拭った。
    爺やは振り向きながら、
    「殿様はすぐにも此方に来るおつもりだろう。なれど、諸々の片を付けて御いでになる筈。暫く此方で末姫様と過ごされたいだろうから、、、。その間に此方は、殿様をお迎えする仕度をととのえよ。」と婆やに指示を出した。
    婆やは深く頷き、「手配した後、末姫様のご様子を、、、。」と呟きを姿を消した。
    館の中がざわざわと蠢き、慌たゞしくなる。
    そんな隙に「末姫様のお姿が見えない。」と
    血相を変えた婆やが飛び込んできたのがほんの半刻。
    館を捜し廻るも見当たらず、まさかと思いながらも水鏡に池を写せば人間の男と話す末姫様の姿が、、、。
    婆やは忿怒の形相で池に向かった。
    爺やは「次から次へと、、、。」とぼやきながら婆やの後を追って、、、
    まさか末姫様が人間の男に興味を示すとは、、、
    お殿様がお見えになったならば、、、。
    悍まし過ぎて考えたくもなかった。
    とりあえず末姫様のご意向に添って男を招き、婆やの意向も汲んで池の周りを修復させた。兎にも角にも男を上手く追い払えばいい。
    万事上手く進んでいた、、、、
    お殿様がお見えになる前までは、、、

  • 萌神
    萌神

    胸騒ぎが治らない龍神様は、末姫様の部屋へとまっしぐらに降り立った。
    爺やのまどろっこしい挨拶など聞きたくもなかったからだ。
    何気に足元を見ると、人間の男が倒れている。
    何故、部屋の前にこんな男がいるのか、、、
    目を眇め凝視していると、爺やが慌てふためき龍神様の側に駆けつけた。
    「殿様、困りまする、、、。」と爺やが尚も言い募ろうとするも、殿様は手で制した。
    顎で男を示し、「あれは、、、」と問うた。
    爺やは漸く男に気がつき、大きな溜息をこぼした。
    「ご説明いたします、、、。」
    「とりあえず、この館から追い出せ。放つ気が禍々しい。末姫にはよろしくない、、、。」
    「御意。」
    「見張りを付けてておけ、、、。」
    「御意。」
    爺やは、手をかざすと男はたちまち消えた。
    龍神様は、それを見届けてから漸く末姫様の部屋へと入っていった。
    爺やは見張りの手配をしながら、再び大きな溜息をついた。

  • 萌神
    萌神

    男がまだ部屋の前で煩悶としているころ、、、

    末姫様は湯浴みを済ませ、召使いに髪を梳いてもらっていた。
    時折、溜息をついている末姫様を召使いは不思議に思い末姫様に問うた。
    「末姫様、いかがなされました、、、。」
    末姫様は、素直に自分の気持ちを召使いへ打ち明けた。
    何時もならば、婆やにしかこんな話はしない。
    よほど気持ちが乱れていたのだろう。
    男が気になる。気になって気になって、、、
    召使いはけらけらと笑い、末姫様にこう告げた。
    「末姫様、それは恋です。あの方がお好きになられたのですよ。」
    恋、、、
    これが御伽草子に書かれていた恋、、、。
    頬を珊瑚のように染め上げ、小さく頷いた。
    いつの間にか寝所に誘われ、召使いは居なくなっていたが、末姫様は早く男に逢いたいとばかり考えていて眠れない。
    どうしたものか、、、と思案している最中に龍神様が部屋へと入って来られた。