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シンジのトーク
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  • シンジ
    シンジ
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    こんなのも見つけた。
    だいぶ前、誕生日だったかな?娘が好きな魚介を柵で買ってきて、切って盛り付けただけだけど(笑)、喜んでくれたっけ。
    鮪と蛸と松皮造りにした真鯛。

  • シンジ
    シンジ

    あ、三上さんにフォローされてるのを忘れてた。
    恥ずかしいけど、まぁいいや(笑)。

    消さない。

  • シンジ
    シンジ
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    これ、憶えてるな。
    加入後、間もなく「乃木坂って、どこ?」に2期生が出た時、話を振られたれなちさんが「独裁者」の演説を再現してみせたら、バナナマンの二人が何事が始まった?みたいにいオロオロしだしたのが面白かった。
    もう10年以上前の事か。

    因みに、チャップリンはレーザーディスクで殆ど持ってた。「街の灯」とか「キッド」とか…あぁ「犬の生活」も好きだったなぁ。

  • シンジ
    シンジ

    レーザーディスク、知らない世代が殆どですかね?
    プレイヤーはパイオニアでした。

  • シンジ
    シンジ

    チャップリンの初期の短編、「キッド」「犬の生活」あとは「PayDay(給料日)」とかを観ると、ドリフターズが如何に影響を受けていたかが解る。

    まぁはっきり言えば、パクってるんだけど(笑)。

  • シンジ
    シンジ

    チャップリンは映画は全ての人が楽しめなければ…とサイレントに拘っていた。世界的なトーキーへの流れに抗っていたけど「モダンタイムス」を経て、初めて完全トーキーとして撮ったのが「独裁者」だった。
    世の中が戦争へと進んでいく中、クライマックスのあの演説は、独裁者(と瓜二つの男)の姿を借りたチャップリン自身が世界へ向けて訴えたかった事、自分の口から自分の声で伝えなければならなかった事。
    それは、サイレントに対する信念を曲げるには十分な理由だったのだろうと思う。

  • シンジ
    シンジ

    これ、憶えてるな。
    確か、1990年イモラサーキット(正式にはアウトドローモ・エンツォ・エ・ディノ・フェラーリ)で開催されたサンマリノGPでの出来事。
    このシーズン好調なフェラーリ(641/2)のナイジェル・マンセルが、マクラーレン・ホンダを駆るアイルトン・セナのスリップストリームに入りアウトから仕掛けるも、セナの幅寄せによりコース外へ押しやられ挙動を乱しスピン、万事休すか…と思われたがマンセルは素晴らしいマシンコントロールでノーズが前を向いた瞬間タイヤにトラクションを与え、見事立ち直り何事も無かったかの様にセナの後を追ったのでした。
    ナイジェル・マンセルが天才的な危機回避能力を見せた有名なシーン。

    ※この4年後、アイルトン・セナはここイモラのタンブレロコーナーで還らぬ人となりました。

    https://www.instagram.com/reel/C64UNagC0jW/?igsh=MWpyZzNjcXF3OWVjcw==

  • シンジ
    シンジ
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    「フェラーリ641/2」
    個人的に一番好きで、一番カッコいいと思っているF-1マシン。

    1989年、エンツォから直々に「革新的なマシンを造って欲しい」と命を受けた天才デザイナー、ジョン・バーナードが生み出した「640」は、エンジニアリング的には1シリンダー5バルブの3.5リッター65度V型12気筒にF-1初となる7段セミATを組み合わせ、デザイン的には細めのストレートなノーズに縦長のエアインテークを持った高さのあるサイドポンツーンが特徴で、“カモノハシノーズ”と呼ばれたノーズと、綺麗な弧を描くサイドポンツーンのコークボトルライン等により、フェラーリのF-1マシンの中で「最も美しい」と評される事が多い名車。

    その「640」を、エンリケ・スカラブローニとスティーブ・ニコルズがブラッシュアップし1990年シーズンに投入されたのが「641」(2戦目まで)「641/2」(3戦目から)で、アラン・プロストとナイジェル・マンセルのドライブでチャンピオン獲得はならなかったが、マクラーレン・ホンダに互する強さを見せた。

    特に、トラブルに泣いた予選13位のプロストが、知的な戦略と素晴らしいスピードで怒涛のオーバーテイクショーを見せ、マンセルを従えてのフェラーリ1-2フィニッシュを成し遂げた、この年のメキシコGPは個人的にF-1史上ベストレースの一つだと思っている。