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MiRAI

膝の痛みを抱え、 指から血を流しながらも 投げ続けた大谷翔平に乾杯。 6回の三者凡退、これが凄い。 戦う男達の曼荼羅の中心に立つ、 勝者たる者の意地がほとばしる姿を 観させて頂きました。 あとは兎に角、 コールありがとう フリーマンありがとう という気持ち。

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MiRAIのトーク
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  • MiRAI
    死ぬために生きる死ぬために生きる
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    一昨日の試合は1ゴールで4-1の勝利。
    まだまだ足りない。一瞬でも点が取れて安堵した自分の緩さ加減が嫌になる。
    しかしビザ更新のための往復30時間の列車旅の直後の試合で外人助っ人として最低限の結果を出せたことと、目立った怪我をしなかったことは僕にとって大きい。
    どこかしらの打撲や傷、足首の靭帯の伸びはいつものごとくあるのだが、これくらいは痛みが無いのと変わらない。むしろ生きていることを実感する。
    とにかく自己検証して勝利とゴールの裏にある失敗の可能性をとことんまで減らすしかない。
    内モンゴル自治区(エレンホト)への旅は身体的、精神的にキツいものがあった。
    往復30時間の電車旅。シートは固く、背もたれは直角で、どれだけ席を外してストレッチをしたとしても、座り直した10分後には身体のどこかしらが痺れ始める。
    お手洗いは最初は綺麗だったものの、時が経てば経つほどに使用感が増していく。用を済ませた後はペダルを踏むと便器の底が開き、そのまま垂れ流されるスタイルだった。お手洗いにいる最中は息を止めていた。
    夜になるとシーツが配られて一応横になることはできるのだが、往路の部屋は窓があまり開かず灼熱に。復路は立て付けの問題で絶えず隙間風が入り極寒に。弱くはない身体に産んでくれた両親に感謝の連絡を入れた。
    電波が無い荒野、草原、砂漠を走る列車の中で、僕はスクリーンショットで撮り溜めている見城さんの755でのご投稿を何度も読んだ。
    僕はとことんまで見城徹におかされているのだなと、涙がこぼれないように車窓の外に鎮座する橙色の月を見上げた。
    エレンホトに到着してからの支那のイミグレーションやホテルの予約は、日本人であるというだけで怪訝な対応をされた。
    こんな田舎にいきなりやってきた日本人なのだからそんな対応も当然なのだが、少しだけ面を食らったのが正直なところだ。
    僕は日本人であることを誇りを思っている。
    街には中国語とモンゴル語のキリル文字と伝統文字が混在していた。
    街並みは支那と旧ソ連の独特な建物をミックスしたような建物が多い。
    住民が話す言語は基本的には中国語で、多くの方がモンゴル語を理解することはできるものの、カタコトだったり中国語訛りだった。基本的に英語は通じない。
    何度も内モンゴルを訪れている、偶然出会ったモンゴルからの旅行者に尋ねたところ、この街からは徐々にモンゴル語が消えており、その速度が上がっているのだという。
    詳しく歴史を勉強をしたわけではないので軽口は叩けないが、きっと言葉が無くなり、文化が無くなり、モンゴル民族の背骨が抜かれていくのだと思う。
    三島由紀夫が最後の演説で説いた、文化、歴史、伝統の重要性が僕の胸には深く重く突き刺さる。
    何よりも文化、全ての初発である言葉が極めて重要なのだと考えさせられた。
    ここから文化が融合して新たな文化に発展する可能性もあるが、数十年後には内モンゴル自治区全体が支那のごく一般的な地方都市になっている可能性が高いと僕は考える。
    しかし現時点で素晴らしい融合をしているものがあった。
    それは料理。
    街には支那発のチェーンの飲食店も多いのだが、少し繁華街から少し足を伸ばすとモンゴル料理屋さんも多く立ち並ぶ。
    ふらっと入った、笑顔が素敵な男性が営むごく普通の飲食店では、モンゴル料理テイストの中華料理をいただくことができた。
    中でも卵とトマト炒めは絶品で、卵の絶妙な旨味と風味、口に入れると迸るトマトの爽やかな酸味と甘味、そしてそれらをまとめる絶妙な火加減と塩味は筆舌に尽くし難いものだった。白米を何杯おかわりしたかわからない。
    そんな旅ももう過去となり、明日もまたリーグ戦の試合がある。
    極端に振り切り、地獄を這う試合にできるかどうか。
    どうせ一夜の夢。明日も死に向かうのだから。

  • MiRAI
    MiRAI

     胸が締め付けられる。足元から自分自身の生き様を問われ、しばし硬直してしまう。死ぬために生きるの投稿を読むたびに自分の一刻一刻を問われ、心拍数があがる。

  • MiRAI
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    MiRAIさん、リトークとご投稿をいただき有難うございます。
    僕もMiRAIさんのご投稿を拝読し、胸が締め付けられ、湾曲しがちな背筋を正していただいています。
    死ぬために生きると声高に謳いながら死に追われ、見城さんのように憂鬱でなければ人生じゃない生き方を求めながら憂鬱にも追われる。
    そんな僕の弱い心にMiRAIさんのお言葉が沁み渡ります。
    善良に、誠実に、正直に、真心を込めて。
    血だらけになりながらMiRAIさんと抱擁を交わさせていただきたい心持ちです。
    大変に励みになりました。MiRAIさん有難うございます。

  • MiRAI
    MiRAI

     身体に動脈と静脈があるように、「生きる」ということと同じ熱量で「死の思想」が体内を駆け巡っている。だからこそ熱狂するし、涙もでる。だからこそ極に舵を切る。死ぬために生きるのそんな姿を想像し、いつも刺激を受けています。心の底からありがとう。

  • MiRAI
    MiRAI

     ありがとう。血だらけになりながら抱擁を交わす。この人間社会、この人間文化の中で、こんなにも魂を揺さぶられるメッセージはあるだろうか。今、僕は死ぬために生きるの気持ちを噛み締めているし、意識の軸が静かに変わる時間の流れを体感している。
     これは見城さんがど真ん中で、善良、誠実、正直、真心を説かれているから巻き起こっていることであり、僕と死ぬために生きるは、その渦の中でこうして出会い、言葉を交わしている。これを奇跡と言わずに何と言えばいいのだろうか。

  • MiRAI
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    MiRAIさん有難うございます。
    全てが表裏一体。極に舵を切ろうと決めても、その旅の最中で極への到達に怯えてしまうのが今の僕です。
    慰撫と鼓舞。
    こうしてMiRAIさんにお言葉をいただき、今日も死ぬために生きると拳を固めることができています。
    現代において血が通った関係がいかに少ないことか。
    僕のエゴイズムから来る発言を真っ正面から受け止めてくださるMiRAIさんの真心に感謝しています。
    我々の血が通っているのは、見城さんがいらっしゃるからこそ。
    見城さんの全てに魅了され、渦に飛び込み、巻き込まれ、こうしてMiRAIさんに出会えている。
    まさに奇跡。しかし必然の奇跡。
    見城さんが残してくださっている足跡や、筆跡。それらの跡を辿ると必ずや見城さんの血肉の匂いが漂ってくる。
    その血肉を貪り食いながら、人の生き方の王道や3種の神器を決して忘れない生き方をしているMiRAIさんを、僕は心の底から尊敬しています。
    MiRAIさんの内面の劇を異国の地から想って。

  • MiRAI
    MiRAI

     僕のことを褒めすぎですが、ただ一つ言えることは、僕は755という場からフェイドアウトをせずに未だにこうしている。この事実があるから、死ぬために生きるとこうしてやり取りができている。
     これ程までに無知に覆われていた自分自身が、見城さんが作り出された渦の中で、少しばかり無知が抜けた。傲慢なことを書いていますが、755とはそういう場所なのだと実感している。

     無知とは暴力と同じくらい罪深いと最近つくづく思う。暴力は、物理的に肉体や物を壊しますが、無知は相手の心を傷つけ壊しているのに、そのことに気がつかない。この一点をもって、無知は暴力より罪深い。その事に気がつかせ頂いたのは、誰でもない見城さんです。

     極に舵を切る、個体の掟で生きるということは、血の匂いがする道。僕も極に舵を切れず、怯えています。
    死ぬためにいきる、これからも宜しく。

  • MiRAI
    死ぬために生きる死ぬために生きる

    755。
    強烈な慰撫と鼓舞。こんなにも暖かく、本質的で、血の通ったSNSは他に無い。
    まさに奇跡のSNS。
    見城さんがいて、MiRAIさんがいて、同じく善良で、誠実で、正直で、真心を込めて生きる皆様がいる。
    僕が755の物語の一部になったのは、1年半ほど前。
    皆様が紡がれてきた物語を感じ、その中で生かしていただいている奇跡を感じています。
    見城さんがお話になっている革命の四原則「若いこと、貧しいこと、無名であること、無知であること」。
    無知である強さを感じつつも、いつまでも無知ではその先は切り拓けないことを日々感じています。
    見城さんと出会わせていただき、おかされ、狂い、ようやく僕の人生も30歳で色が鮮やかになり始めました。
    気を抜くと自分自身の情けなさから涙が溢れ、憂鬱に押しつぶされそうになる日々。
    本当にMiRAIさんのご投稿やコメントに心を救われました。
    MiRAIさんの血の匂いを嗅ぎ、僕も僕なりの人生を、より過酷に、より極端に、より地獄へと。
    MiRAIさんの真心と闘争宣言、真っ正面からしかと受け止めさせていただきました。
    こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。