絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる メッシの素晴らしい物語。
ぼんやりは理解していたものの、奇跡の連続。
しかし奇跡を手繰り寄せていたのはメッシ自身。
祖母や家族の献身、スカウト、奇跡の契約書、ロナウジーニョ、そこから歩むプロキャリア。
バルセロナとアルゼンチン代表への愛と誇り。
今日の負けも意味ある1ページになる。
この物語。
やはり物語が全て。
ワールドカップを通し、メッシを通し、見なければいけないのは自分自身。
自分に物語を作れるか。
本当に胸を張れるか。引退する時、死ぬ時に後悔しないか。絶望しきれるか。
自分の体たらくと努力不足が原因で上に行くことを諦めた。
1年後には完全に別の道。
諦めたなら諦めたでこの1年を圧倒的に納得できる1年に。
辞めるなら辞めたで次の道で圧倒的に結果を出さなければ生きている意味が無い。
そのために今日もあと半日。
こんなことを書いている自分も情けない。
まずは炎天下、地獄のトレーニング! - 死ぬために生きる
死ぬために生きる 見城さんと箕輪さんが並ばれている、お話しされている。
やはりとにかく痺れるしカッコいい。
見城さんのお言葉は全て繋がっている。全て真っ当な人生の王道であり、生き様であり死に様。
七転八倒し、胸を掻きむしる辛さを超えて辿り着く正確な言葉。正確な言葉だからこそ、正確な思考や結論になる。
人生を成長させる3種の神器である、自己検証、自己嫌悪、自己否定。僕はどれだけ持てているか。
持てば自分に言葉が返ってくる。辛い。
しかし辛いからと言って投げ出すと僕の人生はモノクロに戻る。
そして、言葉や自己検証が無いと他者の存在も消えてしまう。
正確な言葉の獲得も、自己検証、自己嫌悪、自己否定も、人間関係の第一歩である感想も、全てが自分。自分との格闘。心のウエイトトレーニングであり走り込み。
五木寛之さんとのお話からうかがえる、見城さんの生き方、戦い方、編集者という病い。
苦しみ、地獄の先の快感と恍惚。僕は編集者としてどう生きるか。
お2人のお話を通して結局見るのは自分自身。残り数時間をまず生きる。まず死ぬ。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる そして大変僭越ながら、僕のことをお話しいただき、有難うございました。
時間がある時に繰り返し拝見しようと思っていたのですが、755の大先輩や友人から、見城さんと箕輪さんのYouTubeで僕の名前を挙げていただいていると聞き、急いで動画を拝見しました。
スピード感の無さに自分の至らなさを感じます。申し訳ございません。
僕のような若輩者には過分な言葉をいただいてしまい、恐縮するばかりです。
見城さんにお手紙をお送りしてしまうのも、僕の自己顕示から。そんな手紙を快く受け入れてくださる見城さんのお心の広さを感じます。
自分は全く褒められた人間ではないのですが、見城さんにおかされ、熱狂していることは疑いようのない事実です。
大変恐縮ですが、僕は箕輪さんを本気で師匠だと思っています。
箕輪さんは僕に何かを教えたという自覚はないと思いますが、一緒に過ごさせていただく中で、自己嫌悪と自己顕示、大胆と繊細、天使と悪魔などの極と極、言葉の正確さ、他者への想像力と他者理解、心の奥にある恥と傷つきやすさ、色んなことを学ばせていただきました。
こんな表現を僕がするのは烏滸がましいにも程がありますが、箕輪さんも見城さんから学び、見城さんの血と型が自然と染み付き、箕輪さんの人生を歩まれているのだと思います。
そう考えると、箕輪さんから勝手に学ばせていただきながら、僕の中にはずっと前から見城さんの血が流れ始めていたかも知れません。
ナルシズム甚だしい物言いとなってしまい申し訳ございません。
僕には過分な言葉ですが、系譜というお言葉有難く頂戴いたします。
何者か。自分に負けず、自分と今を突き詰めます。
