ikutamaのトーク
トーク情報- ikutama
ikutama 7月23日に日本赤軍の元メンバー岡本公三が亡くなった。
ただ一人生き延び、生き抜いた岡本公三。イスラエルでの13年間の服役で拷問を受け、精神状態は蝕まれ、生涯回復することはなかったという。捕虜交換で解放された後、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)にパレスチナの英雄として保護された。PFLPは『公三はパレスチナのために自らの人生と精神を捧げてくれた。どれだけ手厚く看護・生活支援を行っても、彼が払った犠牲の大きさには遠く及ばない』という想いを様々な場面で語っている。岡本公三はパレスチナで仲間たちに手厚く埋葬された。
仲間と共に死ぬ気で事件を起こし、偶然が重なって一人生き残った。事件から半世紀以上、その結果を背負って生き抜いた。
岡本公三の止むに止まれない人生。
敗者の凱旋。
想像を絶する人生。
755をしていなければ、素通りしていた。 ikutama 見城徹見城徹 キツいなあ。色んなことがキツい。
仕事も、人間関係も、トレーニングもキツい。
戦いのリングを降りてしまえば楽になるに決まっているが、降りた後の自分が想像出来ない。
追い詰められない。悩まない。苦しまない。
負荷がかからない日々など僕には想像出来ない。
もうすぐ74歳になる。普通ならとっくにリングを降りている歳だというのに毎日七転八倒している。今朝は堪え切れずに弱音を吐いている。
それでもかろうじて前に出る。パンチを出す。
僕がリングを降りるのは、KOされてリングに横たわり担架で運ばれる時だ。それでいい。今日も憂鬱さと共に生きる。「忍びて終わり悔いなし」と自分に言い聞かせる。死ぬまで修行だ。死ぬまで精進だ。愚痴を言い、弱音を吐くけれど、自分からリングは降りない。押忍!ikutama 見城徹見城徹 45年前、楠田枝里子、長友啓典、篠原勝之と4人でよく酒を飲んだ。その長友啓典は10年前に亡くなり、最近、篠原勝之が逝った。BARラジオでワインを抜き合った篠山紀信や和田誠も鬼籍に入った。
昨日は小黒一三の訃報を受けて呆然とした。小学館の島本脩二、マガジンハウスの小黒一三、角川書店の見城徹で編集者三羽烏と言われた時代があった。3人で坂本龍一との仕事や時代を切り拓くプロジェクトを争った。島本脩二は2022年、坂本龍一は2023年に逝き、今、また小黒一三を失った。皆んな死んでゆく。小黒一三とは同い年で30代の10年間毎日のように一緒に飲んだ。最近は全く会っていなかったが、
僕の青春は小黒一三無くしては語れない。
切磋琢磨するライバルであり、親友だった。破天荒で繊細で見事な漢の生きざまだった。世間的評価など一瞥もしなかった小黒一三という怪物編集者のノンフィクションを作りたい。僕も間も無くあっちに行く。手土産は知られざる小黒一三のノンフィクションだ。小黒一三とのあの狂気じみた日々は今も僕の胸で疼くように燦然と輝いている。合掌。- ikutama
ikutama LOHAS TALK https://www.j-wave.co.jp/blog/lohastalk/2008/04/post_477.html?utm_source=chatgpt.com
この記事を読んで[編集者という病い]に書かれている小黒一三さんのエピソードを探しました。
『小黒一三の凄さが身に沁みてきた…小黒一三は未曾有の編集者である…小黒一三は人間として最高に魅力的である。そしてそれがすべてである。』(文庫版P182)