ログイン
見城徹のトーク
トーク情報
  • 見城徹
    見城徹

    早朝から書斎を大捜索して、ありました、大事な大事な写真が!ご心配をおかけしました。

    1
  • 見城徹
    てんあつてんあつ

    どんな形にせよ、お亡くなりになられた方には「お疲れ様でした。」と声をかけたくなります。

    生きるって、しんどかっただろ?って思うんです。だからその寿命を全うしたことに「お疲れ様。楽になれましたね。」って、思ってしまうんです。

  • 見城徹
    てんあつてんあつ

    生が終わって死が始まるのではない。
    生が終われば死もまた終わってしまうのだ。

    -寺山修司

    そう。生きて居るから死を思うので、死ねば何も無い。

  • 見城徹
    見城徹
    投稿画像

    ある料理屋が作ってくれるのだが、この卵サンドは身悶えするほど美味しい。卵サンドが好きで京都、東京を始め全国各地で食べているがこれ以上の卵サンドはない。ぶっちぎりの革命的な卵サンドだ。

  • 見城徹
    見城徹

    消えてしまいたい、と時々思う。それは、死んだら楽になる、とはちょっと違う感覚だ。
    [微笑みながら消えてゆく]は僕がカドカワ時代に作った銀色夏生の単行本のタイトルだが、「あばよ」と小声で呟いて黄昏の中に微笑みながら消えてゆく、そんなイメージ。死までの数年間、殆どの人と連絡を取らずに思い定めた地で静かに暮らす。檀一雄のサンタ・クルスみたいにね。僕が21歳の時に選び取った俗世間の戦場にサヨナラの挨拶を。微笑みながら。

  • 見城徹
    見城徹

    名作[月山]を書いた森敦さんを思い出す。随分と可愛がってもらった。22歳の時[酩酊船]で突如文壇に現れた早熟の天才。放浪生活を続け、62歳で[月山]にて芥川賞受賞。静かな無頼の人だった。市ヶ谷のお宅に伺って、檀一雄や小島信夫の話をよく聞いた。芥川賞受賞後に縁組した養女と2人暮らし。不思議で素敵な晩年だった。