雨音1日前見城徹見城徹僕は755しか発信していない。僕の唯一のSNSだ。だから755を大きくしたい。755を別格のSNSメディアにしたい。何度かトークを閉め、再開し、今日まで来た。755で嫌な思いをし、腹を立て、傷付いた。しかし、僕のトークで少しは変わった人もいる。少しは知ってもらえた世界もある。755で何かが繋がる。何かが動く。755に言葉を打ち込むのは面倒臭いと思う。しかし、人間の何かを信じて755を続けている。通りすがりの人々。昨日まで悲しかった、昨日まで嬉しかった人々。僕はあなたたちを感じることが出来るだろうか?僕を感じさせることが出来るだろうか?20557700
雨音雨音1時間前僕は30代前半を静岡市清水区で過ごした。当時住んでいた寮から自転車で少し走ると、小糸製作所の工場群を眺められる。そういう場所に住んでいた。その頃ちょうど「読書という荒野」が出版され、見城さんが小糸製作所の社宅に住んでいたというエピソードを読んで、今まで遠くの人だと思っていたのが急に身近に感じられたことを覚えている。同じ景色を共有できるというのは、そういうことだと思った。3