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しゅしゅ〜アイドルめせん〜

「おーい!なに寝言ぬかしとんじゃ!はよ起きんかい!」 「アホッたれ!自分で起きろゆうたやろがい!」 親父の、いつも通りの罵声を聞いて僕は目を覚ました。 いつも通りの、最悪な朝だ。 楽しかった君との思い出が蘇り、またぴしゃりと現実に引き戻された。 いや、引きずり下ろされた。 高校に入ってからは一度たりともない、「良い思い出」だった。 漁の作業着に着替えると、さっきの夢をまた 思い出した -ーこの服ほんと最低で ボロくてダサくて 唯一いい思い出が あの時だけだな、、 あの時、告白しておけばよかった 辛い結果になっていたかもしれないけど それでも今も続く胸の苦しさよりはよっぽど良いと思えた。 冬の寒いこの季節は、父のお下がりの、このボロい紺の漁着を必ず着ていた。 こんなのを着ていたところで、 結局師走の海は地獄のように寒く、暗い。 暗闇に覆われた中で、船の軋む音は海風の音と重なり、不協和音を奏でた。 それは夕方この島に響く不協和音よりもずっと不快で、既にトラウマになっていた。 しなるロープに添えた手は、いつしか感覚を失い、ロープと同化するのだった。 今日は豊漁だったから良かったものの、不漁の日の父の機嫌といったら最悪だった。 だから僕は漁も父も好きになれなかった。 小さい頃は父と漁に行くことすら楽しかった思い出があるが 今では苦痛、というより絶望に吸い寄せられている。 いつも通り網を引き、いつも通り家に帰る。 今の僕はその後すぐに登校だったが 学校がなくなっても、この先も何も変わらないのだろうか。 父がそうであるように、漁からあがったらひとつ覚えのように酒に浸り、日が暮れるまで眠りふけるのだろうか 考えても良いことなんて、ひとつもなかった 当たり前のように、かつて君と歌いながら登校した道をなぞり その先にある高校に、1人自転車で向かうのだった。 きっと今日も僕はいつもと変わらず、親父に朝浴びせられた一言以外は 誰とも話さず1日を終えるだろう。 友達も話し相手も何もかも、 僕には本しかいなかった。でも、それがあるだけでも幸せだと思えた。父を見ているから、、、

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47の素敵な街〜短編小説〜
トーク情報
  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    月日は流れて
    中学最後の修学旅行の前日、もう一度だけ
    君とゆっくり話すチャンスが来た
    というか、無理やり作った。

    君が1人自転車で市内に漕ぎ出そうとしているところを偶然通りかかって、
    どうせみんなと離れてなんか買いに行くんだろうと思って話しかけたのだった。
    そしてまた、大した用事もないであろうということが想像できた。
    君はいつもそうだった。

    久しぶりに話しかけるからか、少し緊張していた。話しかける時には、君の表情を伺ってしまった。
    でも君は、やっぱり君だった。
    「えっ?どうしたの?」
    と聞く君の顔は最近君がいつもしている、不安げな表情そのものだった。

    君の自転車にまたがって加速すると、君はまたいつもと同じようにアワアワと動転し
    急いで私の後を走ってくるのだった。
    あんなにサッカーが好きだった君は息を切らしながらひさびさに走っているに違いなかった。
    この3年間の寂しい思いをぶつけるかのごとく私が漕ぐと、君はゼエゼエと息を切らしながら腰を曲げ、やっとの思いで自転車の荷台に手をかけた。
    私は不意に君がサッカー部に入部して私がマネージャーをしているかのような
    不思議な気分になった。
    そして私の青春の、大きな一ページになった。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    「なぁ〜に空仰いじゃってんのよ?なんか悩みでもあるん?」
    「こんなところで上むいてたって、ボロい天井だけだって〜」
    「なにそれめっちゃ失礼じゃん!笑」

    ふと思いを巡らせていたら、商店の天井を見上げてぼーっとしていたらしく、
    部員たちに笑われていた

    「ははは、なんでもないよ!」
    とその場を繕って、またいつも通りの帰り道、パンを片手に自転車を押しながら
    みんなで帰るのだった。

    空はよく晴れていた。
    遠く浮かぶ雲が、既に沈んだ陽を反射して赤く染まっていた。
    私たちの上は、、
    さっき私が見ていた視線のその向こう側にあった空は、既に紫紺に影を落とし、黄昏の刻を呈していた。



    大阪の大会遠征には、電車で向かった。
    幸い自分達の番は午後の部だったから
    朝一に出ることで余裕を持って到着できた。

    大阪に行くのは、修学旅行以来だった。
    私たちの島に電車移動の文化はなかったから、
    大阪に行くことはもちろん、そのために新幹線に乗るのにも、電車に乗るののにもいちいちテンションが上がるのだった。
    こうして同じメンバーで同じようにはしゃいでいると、あれから3年が経過していることがまるで嘘みたいだった。
    思い返せば、修学旅行は昨日のことのようで、
    それからの日々は随分と薄味だったように感じた。

    「修学旅行」からまた、ふと君のことを思い出すと、あの時想いを伝えていれば、と
    また後悔してしまう。

    話しかけるのすらやっとだった関係で
    自分から言う度胸もなかった私は、
    結局君の上着を市内で一緒に選んであげただけで終わってしまった。
    島に帰るころにはすっかり日も落ちて
    2人で自転車を押して橋を渡ったのだが、
    その時に切り出せば良かったと
    今ではそう思う。

    君がモジモジして何も話さないから
    私もくだらない世間話しか切り出せなかったのだ
    君がもっと、
    君が、、、



    遠征自体は分かっていた通り、初戦で敗退し
    帰りに少しだけUSJに寄って帰った。
    いい思い出になったが、
    きっと後にさほど印象に残らないことも、ほとんど確信していた。

    今度は
    今度こそ
    君と、、、

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    「あの、、進路はどうするの?、、、かな?」
    距離を詰められずにいた僕は、卒業を間近にしてようやくこの話を切り出せたのだった。
    自分でも、悔しいくらい情けなかった。

    今の僕にはようやくの思いで振り絞っても
    これしか言えなかった。

    「あ、私?私、、、はね、、」
    珍しく口ごもる君
    珍しいのは僕が話しかけることなのに
    明らかにそれよりも珍しかった

    というか、君がうつむいてるところを
    初めて見た気がする。

    君はそのまま黙ってしまった。
    こんな時、なんと声をかければいいのだろうか。
    途方に暮れた僕は、ついに耐えきれず
    「その、えっと、、だ、、大丈夫だよ 答えにくかったら...」
    とこれ以上ないくらいぎこちなく、沈黙を破った。

    すると君は微笑んで、
    「ほんと不器用で、ほんと鈍感で、あんたってずっとそうよね」
    と言った。
    褒められている気はしなかったが、君が笑ってくれてるからか、悪い気もしなかった。

    再び沈黙がやって来そうな予感がした丁度そのタイミングで、君は
    予想もつかない言葉を放った。

    「あのね、私ね、、東京に行くんだ」

    絶句してしまった。信じられなかった。
    お別れとか、離れ離れとか、それ以上に
    東京という頭の片隅にもない単語で
    強い衝撃を受けてしまった。
    正直、驚きとショックが半々くらいだった。

    当然のように黙り込む僕に
    「向こうで就職したいの、だから大学から向こうでって」

    と言うと君は立ち上がった。
    君が立ち去ることを恐れて
    また、このまま永遠にお別れになるようなそんな気すらして
    僕は必死に言葉を絞り出した。
    「待ってよ!その、、その、、東京ってなんだよ!」
    分かりやすく動揺する僕に君は笑いながら
    「東京は東京だよ〜」
    と、おどけて返した。
    なんでか分からないが、君の笑顔は作られたもののようで、すぐさま消えてしまった。
    言葉じりはおどけているのに、、、
    僕には不思議に思えた。
    いつもの君の笑顔と違うということだけ、分かった。

    「と、と、、東京の大学なんて、行けるのかよ!」
    もはや疑問形にすらならないような口調で問いかけた僕に
    「そう、もう推薦で決まってたんだ」
    「言い出す機会もなくってさ」

    そういうと君は立て続けに
    「こっち帰ってきたら、またお話してくれるよね?」
    とそう聞き返した。
    そんなの当たり前のことなのに、君はまた真顔で聞いてきた
    こういう時の君は、好きじゃなかった
    だって、だって。

    「そりゃ、、そりゃそうだけど..」
    僕は君に聞かれるとほとんど毎回、選択肢のない答えを迫られるのだった

    あまりにもイメージの湧かないことで、また同様も相まって、これ以上何を話せばいいのか、何を聞けばいいのか分からなかった
    なにも分かってることなんてなかったのに。

    「もう部屋は借りてるから、卒業式が終わったらそのまま荷物をまとめて行くんだ」
    と君はそう言った。

    一緒に行きたいと、今にも言い出しそうだった。言えるわけもなかった。
    再び当然のように黙っていると、君は
    「また明日ね!」

    といつにもない言葉をかけて教室から出て行ってしまった。

    君がいなくなるという現実を前に、唖然としていたところに、
    久しぶりにその言葉を聞いた気がして、
    なんだか、小学校の頃に戻ったような気分だった。
    、、戻りたいと思った。

    教室には短くなった日が差し込み、ちょうど鐘が鳴った。5時だった。

    教室から聞くこの音は、不協和音じゃなかった。
    汽笛の音も山からの反響も聞こえず、綺麗な和音だった。

    まるで僕が一人ぼっちになったことを皮肉っているかのように。



    それから卒業までの数日は、
    君がいつ出発するのか、気になって気になって仕方がなかった。

    でも、君に話しかける勇気も無いし
    話しかけたら変だと思われるかとか、不安すら感じていた。

    こんな話、僕が読んできた小説のどの一節にもなかった。小説でも無いくらい、切なかった。僕は主人公どころか、脇役にすらなれなかった。

    そのまま、僕の心とは反対に
    平穏すぎるくらい何もなく卒業式を終えた。
    人気者の君は、同性からも異性からも色々と話しかけられているようで、
    僕は はたから見ることしかできなかった。

    誰と話すこともなく、一人いつも通りの帰路に着いた。
    晴れて僕も明日から漁師見習いになるのだった。最悪だった。

    帰ると父は珍しく起きていて、春の選抜の予選を見ていた。
    コテコテのカープファンで、野球と酒だけが楽しみの父。
    父みたいにはなりたくなかった。

    僕の青春は、9回裏ツーアウトで見逃しの三振を決め込んで終わった。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    卒業式から帰宅した後、何をするでもなくいつも通り本を読み耽っていると

    "ピコン"

    いつもは消して鳴ることのないLINEの通知が鳴った。
    何事かと思った僕はすぐさまスマホを取り上げると、
    「次の船で出るよ ありがとう、ずっとずっと忘れません 楽しかったです
    遠くなるけど、また帰ってきたらお話ししたいな
    LINEの連絡になっちゃって、急でごめんね」


    驚くよりも先に、足が動いていた。
    急いで階段を駆け下り、血相を変えて走る息子に、父は

    「どうしたんだ?そんな急いで!?」
    と問いかけたが
    答えてる暇はなかった。出航まで、残り5分だった。

    出航の準備には、もう間に合うはずもなかった。
    自転車にかけ乗って港まで全速力で漕いだ。
    こんなに風を感じたのは、あの日以来だった。

    卑怯だよ、、卑怯だよ
    そんな、、、そんな...

    喉には血の味が込み上げ、
    髪はボサボサになっていた。
    磯の香りは雨の匂いと重なって、見事に不快な匂いとなり、鼻を貫いた。
    メガネには雨が叩きつけ、視界なんてほとんどなかった。
    でも、僕の考えも視界と同じくらい狭かったから気にはならなかった。

    僕が港に着く頃もう船は出航だった

    "ふぉ〜〜ん ふぉ〜〜〜〜ん"
    間の抜けた汽笛が、立ち尽くす僕の前に鳴り響いた。


    この汽笛は、やっぱり大嫌いだった。
    君のいない汽笛は、不快で、憎くて、なんだか悔しかった。

    「待ってくれ、待ってくれよ!」
    僕のLINEには既読だけついたが返事がなかった。

    船が出るとすぐさま、航路と並走する橋を全速力で漕いでいた。

    いつもここを急いで漕いでる人には
    危ないからと嫌悪感を抱いていたが、今日はそれどころではなかった。
    また、足が何よりも先に動いていた。

    「おーーーい!美月!美月!!待ってくれよ!! 俺、俺、、ずっと、、ずっと!!」

    僕は夢中になっていた
    名前を直接呼ぶのなんて、いつ以来だっただろうか。
    大声を出すのも、一人称「俺」も、
    ほとんど初めてだった。
    自然と体が震えていた。


    "ふぉ〜〜ん ふぉ〜〜〜ん"
    大嫌いな汽笛は、非常にも僕の言葉を遮った。憎くて仕方がなかった。

    汽笛を鳴らした船は加速して、一気に市内の方に消えていった。
    追いつけるわけもなかった。


    "ピコン"
    またLINEの通知が鳴った。
    取り上げたスマホはびちゃびちゃに濡れた。
    雨と涙が混ざって、何も見えなかった。

    着ていた服で拭き取り、画面を見ると

    「来んなよ...最後まで、、
    雨だし聞こえるわけないじゃん、バカ」

    ただ一言、そう書いてあった。
    僕は落ち込んだ。
    その場で泣き崩れた。
    そして思い出したかのように、寒さを感じた。
    結局君には、何も伝えられなかった。
    延長10回も、三振で終わった。


    「こんなとこでなぁ〜にやってんだバカ!」
    いつもの父の罵声だった。
    「帰るぞ!」
    そのまま家に連れ戻された。

    でも不思議と父は、それ以上何も聞かなかった。

    家に帰っても何もやる気が起きなかった。
    濡れた身体をそのまま放り、大の字で仰向けになった。風邪の一つや二つくらい、ひいてしまいたいくらいだった。
    本当に自分がみじめで、情けなくて仕方なかった。



    翌日、少し冷静になって思い返すと
    あのタイミングで聞こえないと送ってきたということは、つまりは聞こえてたのだと言うことにようやく気付いた。

    持ち前の鈍感さに、呆れてしまった
    君はきっと、、笑ってるんだろうな

    そう思うと、少しだけ気が楽だった。
    たしかに何も伝えられなかったが、いつもの三振とは違った。今回は、空振り三振だった。
    、、、三振だけどね。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    「お!岩田じゃん!ちょ〜〜久しぶりだな!
    俺、俺だよ俺!覚えてる!?」

    それはいつものように漁を終え、酒を飲んで倒れるように寝た父を尻目に市内に出かけようとしている最中のことだった。

    同級生との必要最低限の会話すらなくなった僕は、つまりは一人ぼっちで、誰も話相手などいなかったため
    話しかけられたこと自体に驚いた。

    その聞き覚えのある声と見覚えのある顔は、アイツに間違いなかった。
    口笛のうまいアイツだった。
    実に7年ぶりだろうか。

    「お、、おう、門脇、、だよな?」

    「どうしたんだよ〜!?自信なさそうにすんなよ〜 もっとほらデカイ声で言ってくれよ〜」

    そうか、ふと我に返った
    こいつの中では、俺はあの時のままなんだと

    、、もう一度やり直したいと思った。
    でも、ここで暗い顔をするのもまた後悔しか生まないと感じた

    「なんだよまったく、なんも変わってねぇな!」
    これが今できる精一杯だった。
    「お前こそ!」
    そう言う門脇はあの時と本当に同じ目をしていた。
    そして、こんなにも変わってしまった僕が
    今彼の目から見て変わってないように見えた
    と言う事実に喜びを隠せなかった。

    「大学は?どうしたの?何しにきたの?」

    「いやぁ〜そのさ!入ったわ良いけど暇でさ〜 今日なんか1限だけだったから、すっぽかしてこっち久しぶりに来ようと思ってさ!
    実家にも帰ろうかな〜とかさ〜〜」

    「そっか」
    いつものトーンに戻りかけていることに焦りながら彼の表情を伺った

    「え?お前は?お前は何してんの?」
    良かった。門脇もまた、めちゃくちゃな鈍感野郎だった。僕と、一緒じゃないか。
    、、俺と。

    「俺は、その、、実家の手伝い!」
    また精一杯明るく振舞ったが、笑顔になれる気はしなかった。

    「そっかぁ〜大変だなぁ〜 。あ、そういや、お前来週の美月の生誕イベント行くのか?」

    「え、なにそれ?」
    美月の生誕、なんのことかさっぱり分からなかった
    「冗談はよせよ〜 行くのか?」

    「なにそれ、、全然わからないんだけど、東京に行った美月しかわからなくて..」

    「いやだから〜、え?お前マジで言ってんのか!?」

    「う、うん...」

    聞くところによると、君は今、東京でアイドルをしているらしい。
    聞いていた話と違いすぎて
    そして同時にアイドルというまるで知らない世界に君がいることにも
    驚いた。
    ただ、数ヶ月前までの僕とは違っていた。
    君がいなくなってから、沢山悩んだ。
    沢山後悔したし、不甲斐ない自分を追い詰めた。
    いつも君と僕を見守ってきた海に向かって話すこともしばしばあった。
    けれど、答えなんていくら探してもあるわけなかった。
    残ったのは君がいなくなったという事実と、
    何も出来なかったという過去だけだった。

    振り返るだけ悲しくなるし、これからの方が長い人生だから、楽しく生きないと勿体ないと、そう思えるようになった。
    というか、そう思わないとやってられなかった。
    父が僕を大人と同様に扱うのと同じくして、僕自身も自ら大人にならないといけないと
    自覚していたからだ。
    そして同時に、負のループにハマってやるもんか、という思いも強く芽生えたのだった。

    明らかな未来も思い描けないし、自信もない。けれど、このままじゃいけないことだけは、自覚していた。
    だから、考え方は変わっていた。変えていた。
    変えようと、していた。


    アイドルになった君は、持ち前の美貌と歌声、そして優しさで
    人気になっていた。らしい。

    その日以来、門脇とはまた毎日連絡を取り合う仲になり、僕は口車に乗せられ
    君の生誕とやらに行くことになった。

    内心、嬉しかった。
    遠い存在になってしまったという実感もなかったからなのか、寂しさよりは
    また君の笑顔が見れることへの純粋な嬉しさを感じていた。

    事情を説明すると父は予想に反して二つ返事で認めてくれた。全て自費で行くことを条件に。

    漁を終え、6時には港に着いた。
    あの日、君に想いを伝えられなかった港に。
    日が昇り朝焼けで赤く染まる空は
    よく晴れていて、またも遠い昔を思い出させた。
    大嫌いなその汽笛をまた聞き、僕は市内に向かった。
    門脇と合流し、新幹線に乗る頃にはすっかり日も昇り
    綺麗な駅のホームと重なって、僕には眩しすぎるくらいだった。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    「うわぁすげぇなぁ!すっげぇ人だ!」

    「市内も人多いし、お前は都会慣れてんだろ 僕の方が、よっぽど不慣れなんだぞ」

    「いや、にしても見たことねぇくらい人多いぞ!」

    僕らは人並みにもまれつつ、高層ビルに目をキョロキョロさせていた。
    君は、こんな遠い、僕の知らない世界で輝いているんだね
    そんなことを考えているといつの間にか門脇がいなくなっていた。
    人並みに飲まれてはぐれてしまったらしい。

    再びLINEで待ち合わせをした
    知らない土地で、これだけ人が多いと、待ち合わせですら一苦労だった
    合流するのに30分近く費やし、不慣れなことの連続で、僕らは疲労困憊だった。

    ライブの予定時間は17時からだった。
    11時すぎには東京に着いていたから、昼ごはんを食べつつゆっくり会場に向かうことにした。
    観光するには時間が足りず、また、帰りは新幹線に間に合わないために一泊することを決めていた。
    門脇は、単位を取るために出ないと行けない授業があるらしく、深夜バスで帰ると言っているが、僕はそんなのは御免だった。
    だから、観光は明日でいいと思っていた。
    テレビでしか見た事のないご飯屋に入ろうと話をし、もんじゃとやらも食べることにした。

    そんなこんなで慣れない東京をウロウロしていると、あっという間にライブ時間が迫り、結局会場には急いで向かう形になってしまった。
    着く頃には既にすごい数の人で埋め尽くされていた。君がこの視線の先にいるなんて、まるで想像も出来なかった。

    ライブが始まると、それまでのガヤつきが嘘のように収まり、皆がアイドルの登場を見守った。
    それなりに距離があったが、君が出てきた瞬間、僕はすぐに君だとわかった。
    君は、それはそれは綺麗だった。


    君が歌い始めると、周りの人達は皆声を揃えて合いの手を入れるのだった。
    その不思議な光景すら、見ている余裕がなかった。
    君に釘付けだった。
    途端に涙が溢れ、終始収まらなかった。
    君は、それはそれは輝いていた。

    君の笑顔にもう一度あえて、本当によかった。君が幸せそうで、本当によかった。
    僕も頑張ろうと
    何を話せた訳でもないのに、そう感じた。
    関係ないのに、僕も誰かを喜ばせられる人になりたいと、なんだかそんな希望をもらった。

    いつだって君は、僕の生きる希望だった。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    あっという間にライブは終わり、余韻に浸る間もなく門脇とは別れを告げた。
    1人でホテルに帰るのだったが、なんだか不思議な気持ちだった。浮遊感というかなんというか、よく分からない感情を抱えていると、
    知らぬ間に迷子になっていた。スマホから検索してどうにかホテルに着く頃には夜も更けていた。
    夕飯の機会を逃したが、東京には夜遅くまで空いているコンビニがあったので、助かった。なんだか不思議だった。
    夜でも煌々と明かりがつき、人も外を出歩いている。
    僕の知っている夜とは、何もかも違っていた。

    君はこの、こんなにも明かりの多い町で輝いてるんだな、、
    その夜は興奮して、なかなか眠れなかった。

    次の日、案の定最悪の寝起きだったが
    習慣からか5時には目が覚めた。
    すると、LINEが入っていた。門脇が広島に着いたのだろうか。
    眠気まなこを擦りながら開いてみると、

    LINEは、君からだった。
    「来てくれてありがとう。本当に本当に嬉しかった。」

    一気に目が覚めた。
    君は僕が見えていたというのだろうか。
    あれだけの人の中から見えていたとはニワカには信じがたかったが、たしかに文面にはそう書いてあった。
    嬉しさと、嬉しさで目頭が熱くなっていた。

    来てよかった。そして、また君に会えて
    よかった。

    「昨日はこっちこそ本当に、ありがとう。
    急に来てごめんなさい。僕が、見えていたの?なんか、すごい綺麗で圧倒されてしまって、、涙が溢れてきちゃったよ」

    「見えてたよ、あんたまた泣いてるから 変わらないなぁと思って」
    こんな朝早い時間なのに、君は直ぐに返事を寄越した。面食らって、また動揺して次の返信にてこずっていると

    「あのさ、今日は東京泊まってるの?」
    と立て続けに打ってきた。
    君のお得意の、僕に考える隙を与えないやつだ。なんだかとっても懐かしかった。
    「うん、新幹線がなかったから、今日の夜に帰るんだ。今日はせっかくだから知らないことだらけの東京を観光しようと思ってる」

    「じゃあさ、良かったらご飯一緒に食べない?」
    君の急な提案に、僕は驚いた。もちろん僕は歓迎な訳だが、どうしていいかよく分からなかった。

    「よく分からないけど、大丈夫なの?」
    振り絞ってきいたセリフには、自分でも分かるくらい不安が色濃く乗っかっていた。

    「大丈夫もなんも、大丈夫とかダメとかの関係じゃないでしょ? それにあんた、なんか歯切れ悪く言い放った言葉あったじゃない?
    あれの続き、聞かせてよ!」

    と、まるで僕の言葉もその意味も見透かしているような口調で僕を説得すると
    そのまま待ち合わせを指定された。
    今泊まっている東京駅のそばのホテルから、そう遠くない場所らしい。
    都会に不慣れな僕のために、君は地図でわかりやすく指定してくれた。

    万が一時間がかかると困るし、君より先に着いておきたいから、随分前に向かうことにした。
    どこを見ても高い建物で、たくさん人が歩いている。同じ国と思えないくらい、島とは真逆だった。

    君と話したいことなんて、山ほどあるはずなのに、いざ何を話そうか考え出すと何を話せばいいのか分からなかった。
    アイドルに疎い僕は、話していいことの線引きもまるで分からなかった。けれどそんな不安は、君と会うと直ぐに解消された。

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    「久しぶりじゃ〜ん!ねぇねぇ何食べる?」

    「ひ、ひさしぶり!」

    「なんだそりゃ 今もまだそんなんなの?」

    「いや、違う、、違うよ美月がさ」

    「え、なに?私が可愛いからって?そっか〜」

    あながち間違いではなかった。だから余計、なんと返事をしていいか分からなかった。

    「知ってるよ?私のこと、好きでいてくれたんでしょ?」
    何が何だか、さっぱり分からなかった。
    分かったのは、僕に有無を言わさず畳み掛けてくる、お得意の話術だったということだけだ。
    「だって、あの時顔にそう書いてあったもん」
    「え!ほんとに、、、?」

    「ほんと不器用よね〜!全く!笑 私ね、
    ずっと言い出せなかったけど、あんたのこと好きだったんだ ずっとね。でも、最後まで言えなかったの
    中学の部活決めの時、君に悪いことしたなってずっと負い目を感じてて、なかなか話しかけられなくてさ」
    「私、最後の最後まで伝えてから東京に来ようか迷ってたんだ。だから、アイドルやりたいっていうことも伝えられずにいたし、、
    それで、あんたが最後振り絞るように伝えようとしてくれてたことも、分かったの。私も同じ気持ちでさ..」
    「あの時はアイドルやるって決めてたのもあるし、なんて返すのが正解かも分からなくって、私の気持ちも伝えられなかったけど、わざわざ私のために来てくれて、こうやって直接伝えられて本当に嬉しいんだ。ありがとう」

    言葉を聞いて驚いた。思ってもいなかったし、嬉しかった。
    僕はいつも誰かに何かで先を越され、
    何か嬉しかったり悲しかったりする時にはいつも、驚きが伴っている。
    でも、君の前ならそれが気にならない。
    君はいつもの君で、僕もいつもの僕だった。

    僕の想いが届いていたこと、君が僕を想ってくれていたこと、嬉しくて仕方なかった。

    「全く気づいてなかった、、ごめんね。僕、、自分のことに精一杯で.. 」
    「ううん、全然、私もそうだったから」

    「あの、あの!僕、、俺さ!美月の笑った顔がとっても好きなんだ、、、なんか、ごめん」

    「ほーんとずっとそれね!あんたは「僕」でいいし、謝んなくていいの!
    ありがとね 私あんたと、一緒にいられるだけで落ち着く。今もだけど、家に帰ってきたみたいな気分よ」

    そう言うと君は微笑みながら僕に一歩近づいて、僕の手をとった。
    「ねぇ、今はまだ恋愛できないけど、いつか必ず帰るから 、、待っててくれたりしないかな、、?」
    僕は珍しく君の次の言葉の前に間髪いれず
    「も、もちろんさ!」
    そう返事できたのだった。
    脈が上がりすぎて心臓が破裂しないか心配だった。また同時に、君に鼓動が伝わってしまわないか心配だった。

    「わがままでごめんね」
    君は珍しく弱気な目をしていた。

    「全然そんなことない、僕こそ、、いつも後手になっちゃってごめん。その、、アイドルとかよく分かってなくて」
    「あ、でも!キラキラしてることは分かった!美月、すごい綺麗だったよ...ファンの人たちもみんな、楽しそうだった」
    僕が言葉を連続したのは、初めてのことだった。少なくとも、覚えてる限りでは。

    「なんか、私元気あげる側のはずなのに、君に元気もらってばっかだね、、笑」

    「そ、そんなことない!僕も、僕も、、君が生きる希望だったんだ。僕は、君に何度も助けられた。できることなんてきっとほとんどないけど、、何も分かってない僕で良ければ
    話くらいは、、できるから..」

    僕が言い終える頃には、君は顔を上げ、また表情を一段と明るく変えていた。
    微笑むと言うよりは笑っていた。僕はまた、なんか変なことを言ったのだろうか

    まぁいいや、君には笑顔が似合うから

  • しゅしゅ〜アイドルめせん〜
    しゅしゅ〜アイドルめせん〜

    そう言いながら、土地勘もないのに取り止めもなく歩いていたから、ここがどこだか分からない。ただ、笑顔の君の横顔はバックに東京タワーを添え、なびく髪は夕陽を反射して煌めいていた。
    小説のワンシーンに出てきそうだった。
    いや、そんな小説はベタすぎるか、、。


    「ねぇ、せっかく近くまで来たから東京タワー登って帰らない?」

    「え?君は東京にいるんじゃないの?」

    「だ〜か〜ら!あんたは帰るでしょって!
    まったく〜」

    そう言うと君は遠い日の記憶をなぞるかのように僕に微笑み、歌を口ずさんで駆け出した。
    「は〜や〜く!モタモタしてたら日が暮れちゃうよ!」

    芝公園を駆ける君はいつかの君と重なり、再び現実となって帰ってきた。
    僕も自然と笑顔になり、そしてまた思うより先に足が動いていた。
    身体が軽く感じた。

    「なーんかさ、東京タワーに来て喜んでるって、田舎もんみたいだよね〜」
    「そうかな?」
    「そうだよ!東京の人は、そんな滅多やたらとこないんだって」
    「僕だって、はじめてだよ?」
    「だ〜か〜ら〜、そうじゃなくってさ〜
    ま、いいや!」

    キョトンとする僕に笑っている君
    いつもの光景は、タワーの上でも何一つ変わらないのだった。

    「あ、あのさ」
    「なぁに〜?また変なこと言い出すの?」

    「そ、その、僕、、の小説の、、、」
    「ん〜?」
    「これからも、僕という小説の主人公でいて欲しいなって、、」
    「ふふっ なにそれ笑 当たり前じゃん
    そうじゃないと、あんたの小説永遠に第1話でしょ?」

    「う、、うん、、」
    「その代わり、長編で頼むよ!」

    何を話しても君が一枚上手だった。
    でもなんだか、とっても嬉しかった。
    気づけば2人は手を強く握り合い、強く生きることを夕陽に誓っていた。

    「お互い、頑張ろう。君は、、美月は、、、
    みんなを、大勢のファンを、幸せにできるように、、その」

    「分かってる!任せて」
    僕がグダついているところを君は割り込んで、さわやかな笑顔で返したのだった。
    視線の先にある夕陽は、僕らの覚悟を後押ししているかのようだった。

    東京の夕陽も、悪くはなかった。