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三上雅博のトーク
トーク情報
  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年7月の投稿をリトークさせて頂きました。

    僕が初めて尾崎豊の楽曲を聴いたのは中学生の頃で、既に亡くなってからのことでした。
    その魂を絞り出すような歌声に心震え、その歌詞に深く共感し、激しく心を揺さぶられて以来、僕は尾崎豊ばかり聴きながら、少年時代を過ごしました。
    親父の「あの日」があったから、僕という人間が形成されました。親父には心から感謝致しております。
    そんな僕が、中学校の卒業アルバムに書いた言葉は、尾崎豊「卒業」の一節です。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    この季節になると[京味]の「鱧鍋」を食べたくなる。9月の下旬から10月の初旬。鱧が消える頃、松茸が出始める。淡路島の鱧と丹波の松茸。京都ではこの2つが重なる日は10日ぐらいしかない、と[京味]の西健一郎大将は言う。8月末になるとその10日間のどの日にするか?と西健一郎大将から電話が入る。2階の個室をキープするのだ。そうやって45年間毎年[京味]で鱧鍋を食べて来た。鍋の前の料理も全て鱧と松茸。僕は鱧も松茸もそんなに好きではないのだが、1年に1回は[京味]で「鱧鍋」を食べて来た。それを夏が終わり秋が来る通過儀式としていたのだ。2年前からそれは無い。大将は亡くなり、「自分がカウンターにいない店は『京味』ではない」と言う生前の言葉通りに[京味]は閉店した。8月が終わりに近付くと西健一郎大将の電話の声を思い出す。

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年8月の投稿をリトークさせて頂きました。

    今、ちょうど鱧が「走り」です。
    関西の飲食店では、この時期から鱧がお品書きに並び始めます。夏に「旬」を迎え、「名残」の秋に獲れるものは「落ち鱧」と呼ばれます。
    いつも鱧を見ると、親父に教えて頂いた「京味」の話を思い出します。
    限られた季節、刹那の瞬間に、いつも親父の顔を思い浮かべられた、京味「西健一郎さん」の鱧鍋に思いを馳せます。

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    憂鬱でなければ、仕事じゃない。そう思っている。
    自著にも755にも何度も書いているが、朝、起きて憂鬱なことがないと不安になる。憂鬱がない時は無理にでも難しい方に舵を切って憂鬱を作る。業績も最悪を前提にして打開策を考える。憂鬱に自分を追い込むのだ。月に4億の利益が出ている時もそうして来た。僕にとって翌月は4億以上の利益が出なければ、経営不振なのだ。僕はそう考えて毎日憂鬱の方へ舵を切る。

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年9月の投稿をリトークさせて頂きました。

    1日24時間という概念。世界の絶対的ルール。僕にはそれがあまりにも絶望だ。
    目が覚めた瞬間、時間は既に限られている。色々な事を諦めて、やるべき事を決断する。毎日が取捨選択の連続だ。
    苛酷な道を選ばねば、結果は出ないとわかっている。
    だから一瞬で終わる一日の始まりは、いつも憂鬱なのだ。

    憂鬱でなければ、仕事じゃない。
             ーーー見城徹

  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    [素直]という言葉の実態が好きだ。僕にも手に余る自意識がある。その自意識といつも格闘している。困ったことに人は誰でも他者に自分を解って欲しいという願望を持っている。それを恥じる。それと戦う。自己嫌悪と自己否定。しかし、それでも無くならない自意識という魔物。辛い自己検証の末に僕が掴み取ったのは[素直]という生き方だ。自意識との格闘を途中経過を含めて今の自分を[素直]に出す。宗教に入って自意識を捨てるのも一つの方法だが、宗教に無縁な僕にはそれしかないと思っている。

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  • 三上雅博
    見城徹見城徹

    ↑ 自意識との格闘を途中経過を含めて今の自分を[素直]に出す→自意識との格闘。途中経過を含めて今の自分を[素直]に出す

  • 三上雅博
    三上雅博

    本日は親父の過去の投稿より、2021年9月の投稿をリトークさせて頂きました。

    自己検証、自己嫌悪、自己否定。
    自意識と言う魔物との、終わることない戦いの日々。苦悩し、葛藤し、耐え忍ぶ。
    見栄を張らず、虚勢を張らず、裸一貫「素直」に生きる。往く道は精進。