ログイン
詳細
ひがし🦞

まさにわたしのこと。安いプライドに固執し、深く考えることをせず、自分の感情を優先してしまっている。 自己嫌悪でいっぱい。 見城社長のような「真の漢」にはなれなくても、ほんの少しでも近づけるよう、小さくても歩みは続けていたい。

前へ次へ
ひがしのトーク
トーク情報
  • ひがし🦞
    見城徹見城徹

    ↑ 人生は一瞬の内に交錯し、逆転する。敗者は勝者に、勝者は敗者になる。そして、それすら途中経過に過ぎない。真心を尽くす。誠実に生きる。それが出来ていれば人生という試合のゲームセットはまだ先だ。

  • ひがし🦞
    見城徹見城徹

    皆んな事情を抱えて人生を生きている。人生を戦っている。もがいている。打ちのめされても、何度負けても立ち上がれ。人生の評価は死の瞬間に自分で決める。負け続けたって戦い続けろ。敗者の凱旋をするために。

  • ひがし🦞
    見城徹見城徹

    俺は俺なりに目一杯戦った。負けても負けてもその自負があればいい。それこそが自分に対する敗者の凱旋だ。

  • ひがし🦞
    ひがし🦞

    ↑見城社長の言葉に胸を打たれた。

    わたしも「自分を勘定に入れない」生き方ができるかどうかが、本当に強い人間の定義だと信じて、一日一日を生きている。

  • ひがし🦞
    ひがし🦞

     幻冬舎Presents 劇団扉座第80回公演『つか版・忠臣蔵2025』の千秋楽をちょうど今、観終わった。興奮が冷めやらないまま、紀伊國屋ホールから出てきた。
    今公演は仕事の都合でどうしても予定が合わず前売券を購入できなかった。
    ところが今日、子供を新宿の学習塾に送ったついでに紀伊国屋書店にたまたま寄り、公演開始10分前の13:50だったが、 4階の紀伊國屋ホールの受付でダメ元で当日券があるか聞いたところ、最後の1枚が残ってるという。「これは神様の導きだ!」と思い、すぐに購入し、劇場に入る。
    観始めですぐに、横内ワールドの世界に引き込まれてしまった。つかさんを意識されている部分があるのかもしれないが、とにかく「言葉の力」が強い。多くの台詞がグサグサ私の心に突き刺さる。大高源吾の「人間は、人から注目されると不思議な力が湧きます。今まで出来なかったことも、出来るような気がしてきます。人間にとって辛いのは、必死に生きていることを誰にも気付いて貰えないことです。真剣な思いが、誰にも知られず、伝わらないことです」という台詞には、不覚にも涙がこぼれてしまった。
    30年前、つかさんの芝居が好き過ぎて、北区つかこうへい劇団に入団し、寝ても覚めてもつか芝居のことを考えていた時代のことを思い出した。横内さんのつかさんの芝居に対しての敬愛の情なのか、各場面につか芝居ではお馴染みの楽曲が使用されていたこともとても懐かしかった(『熱海殺人事件』“白鳥の湖”、『ヒモの話』“セイリング”ロッド•スチュワート等)
    幻冬舎Presents 劇団扉座の公演はこれまで全て観ているが、本当にどれも素晴らしい作品ばかりだ。千秋楽のご挨拶で舞台上で幻冬舎の見城徹社長がおっしゃっておられたが、このような芝居を公演できる演出家も役者も他には絶対にいないと思う。
    本日も公演前と公演後、受付横に見城社長がずっと立っておられた。『二代目はクリスチャン』のときもいらっしゃって、前回は勇気が出なくてご挨拶できず、今回こそご挨拶をしたかったのだが、千秋楽でお忙しいのでは、と考え、本当に後ろ髪を引かれる思いで、お姿だけしっかりと目に焼き付けて紀伊國屋ホールを後にした。
    間違いなく、生前つかさんがよくおっしゃっておられた「明日からも頑張って生きていこう、と思える芝居」だった。残り少ない2025年も全力で懸命に駆け抜けたい。


  • ひがし🦞
    見城徹見城徹

    [つか版忠臣蔵]も[栄光のバックホーム]もテーマは同じだと思っています。誰もが報われない人生を生きています。しかし、誠実に愚直に生きていれば必ず一瞬の栄光は訪れます。名もなき善良な人々にこそ、その一瞬の栄光を掴み取って欲しい。その切なさと歓喜。オーバーに言えば、それは自分の死と引き換えかも知れないけれど、それが生きるという根本的な意味だと思っています。必ずやって来る死の瞬間に微かに笑いたい。僕はそのために生きています。赤穂浪士も横田慎太郎も最後に微笑んだと信じています。
    今日も赤穂浪士たちの栄光のバックホームを観に行きます。