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あさふみのトーク
トーク情報
  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)

    ↑激しく同意します。私はたまにしか、検索機能を使いませんが、それでもないと、かなり不便です。見城さんはきっと、かなり頻繁に巧みに、使われていたと見受けられますので、ぜひ早めに直していただきますよう、切にお願い致します。

  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)
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    本日、「栄光のバックホーム」を観てきました。
    スタッフの皆様の、作品に対する情熱を感じました。中井さんの脚本、セリフの1つ1つが琴線に触れるものばかり、そのセリフを演技で応える俳優の皆様、奇跡のバックホームのシーンはもとより、夕陽のシーン、雨が降る球場のシーン、どのシーンも印象的なものばかりでした。私は、鈴木京香さんの最後のセリフで感動が最高潮になり、涙腺崩壊しました。
    人生は理不尽の連続でも、善良 、正直 、真心 、誠実 、感謝 、そして謙虚に王道を歩くことの大切さが胸に刺さります。観て良かったです。また観に行きます。ありがとうございます。

  • あさふみ(浅井智文)
    見城徹見城徹

    755が無かったら[栄光のバックホーム]は存在していない。だから、エンドロールには
    [special thanks 755]とクレジットされています。そうだよ、この映画は755から始まった。
    中山祐次郎、箕輪厚介、秋山純、長太郎飯店、
    七代目松五郎……。755の奇跡はこれからも続く。

    有難う、755‼️

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  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)

    755がなければ、見城さんの投稿や日々の息遣いを読むことが出来なかったです。そして、映画「栄光のバックホーム」を観ることはなかったし、様々なものに触れることも、出来なかったです。私は、755のおかげが多いです。755、ありがとうございます!

  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)あさふみ(浅井智文)
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    本日、「栄光のバックホーム」を観てきました。
    スタッフの皆様の、作品に対する情熱を感じました。中井さんの脚本、セリフの1つ1つが琴線に触れるものばかり、そのセリフを演技で応える俳優の皆様、奇跡のバックホームのシーンはもとより、夕陽のシーン、雨が降る球場のシーン、どのシーンも印象的なものばかりでした。私は、鈴木京香さんの最後のセリフで感動が最高潮になり、涙腺崩壊しました。
    人生は理不尽の連続でも、善良 、正直 、真心 、誠実 、感謝 、そして謙虚に王道を歩くことの大切さが胸に刺さります。観て良かったです。また観に行きます。ありがとうございます。

  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)
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    見城さんがおすすめされていた、まい泉のヒレカツ弁当を食べました。侮ってましたが、食べてみると美味しいです。これで1000円をきるのはありがたいです。また食べます。投稿ありがとうございました!

  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)
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    名古屋駅のミッドランドスクエアシネマで、三度目となる『栄光のバックホーム』を観ました。
    前列の一・二列目を除いて、客席は満席でした。毎回ですが、どこかで必ずすすり泣く声が聞こえます。作品が確かに人の心をつかんでいることを物語っていました。

    一回目、二回目ではあまり意識していなかった、ホスピスで北條さんが横田さんを訪ねる場面。三度目にして、北條さんと横田さんのやり取りが胸に深く刺さりました。言葉少なに交わされる想いが、かえって重く、温かく響いてきます。

    それでもやはり、阪神優勝の場面から流れる「栄光の架橋」、そして最後の鈴木京香さんのセリフです。何度観ても、抗えないほど涙があふれてしまいます。

    「精一杯、生きよう」「中途半端に生きれない」
    観る度に感じます。

  • あさふみ(浅井智文)
    見城徹見城徹

    人は死ぬために生きる。死というゴールに向かって全てのことは進んで行く。ならば、日々をどう生きるか?
    一日一生。毎日、死を覚悟して生きる。
    それを続けるしかない。死は常に生に同居している。死ぬために今を全力で生きる。
    生きるとは死ぬことと見つけたり。

  • あさふみ(浅井智文)
    あさふみ(浅井智文)
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    見城さん
    「大河の一滴 最終章」もうすぐ読み終えます。生と死について新たな視点をいただき、改めて生と死を考えることができました。
    見城さんの日々の言葉で、死のためにどう生きるかを常に考えるようになっています。見城さんがいつもおっしゃっているように、最期に迷いながらも、ちょっとでも◯を出せるか、出すにはどうするか、どう生きるかを考えるようになりました。
    五木さん、見城さん、改めてありがとうございます。