暗闇仕留人
偏見かも知れませんが、ある説によれば、幕末を題材にした作品は真の意味で広範な支持を得にくいのだと言われています。いわゆる観念主義をエンターテインメントとして提示する難しさがクリエイターのモチベーション低下に直結するのが主な理由になっているようです
一部の好事家に支持を得たことはあっても、成功をおさめたといえる作品はこれまでの時代劇の歴史を遡ってもほとんどないと思われます
「そんなことはない、人気作品もあるではないか!」という反論が起きそうですが、大抵の場合、それは内容ではなく、配役による支持ですね
配役によって人気を獲得した例を否定するわけではありません。でも、物語自体が支持されたという例は本当に稀なのではないでしょうか
必殺シリーズ第4作『暗闇仕留人』(1974年(昭和49年)6月29日~12月28日 全27回)は、黒船来航で沸く1853年(嘉永6年)6月の浦賀が物語の導入部になっているので、幕末作品のカテゴリーに入れて差し支えないと思われます。しかし、当然ながら幕末作品とは言っても、その範囲は広く、とても一括りにはできないですね
たとえば同じ必殺シリーズであっても、第9作『必殺からくり人 血風編』(1976年(昭和51年)10月29日~翌年1月14日 全11回)という作品は、鳥羽・伏見の戦い直後の1868年(慶応4年)が舞台になっています。明治維新の動乱を間近に感じる設定であり、同じ幕末が舞台とはいえ緊迫感がまったく異なるでしょう
この年は文字通り幕末史上に特筆される激動の年で、1月に鳥羽・伏見の戦いが起き、3月には江戸城無血開城があり、9月8日には明治元年になります
この二つの作品の例を挙げるだけでも、幕末をテーマにした作品は非常に時系列的な物語構成の配慮が難しいのだということが感じられると思います。一面ではクリエイターの創作意欲を刺激する魅力に溢れているのかもしれませんが、逆説的にとらえるなら、どこから手をつけていいかわからなくなり、まとめる段階で煩雑な印象を与えることにもなりかねないとも考えられますね
『仕留人』は、完成度が高い作品だと思いますが、やはりそれほど広範な支持を得たとは言い難いですね。それは『必殺仕置人』という超有名作品が世間にインパクトを与えた余韻が残っていた時期ということもあります。その観点から、単純に作品自体の問題にすることは短絡的でしょう
興味深いのは、初回放送当時は、田中角栄が首相だった時代ということでしょうか。『仕留人』の最終回(第27話「別れにて候」)が放送されたのが1974年(昭和49年)12月28日です。田中内閣総辞職が12月9日だったから、一代の風雲児・田中角栄の全盛時代と重なっているわけです
幕末とは動乱の時代であり、昭和も戦後の一時期、田中角栄が精力的に活動していた時代は非常に緊迫感に満ちた歴史の一頁でした
福田赳夫が言ったように「狂乱物価」の影響が諸に噴出したのが1974年です
前年の地価高騰、オイルショックによる影響で総合卸売物価が31.4%上昇したことで知られます。
消費者物価指数は23.2%上昇し、1974年の実質GDPは-0.2%になりました
こういう時代に放送されていた『仕留人』には、完成度云々ではなく、何か生々しい魅力を感じます
僕は初回放送を見ていない世代であり、後からビデオ、再放送などで見ました
現在ではCSなど見る手段はいくらでもあります。ただ重要だと思うのは、生々しさとか、その時代の黄昏のようなものは再現するのが不可能なので、時間というのは貴重だとつくづく思いますね
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