リトークと独り言
トーク情報- yasu33
yasu33 自分のトークに書いておいて万が一にも将来、見城さんと仕事が出来た時に「実は755にこんな事書いてたんです」と言えば良い事だよなぁ。
更には編集者目指してやってきたとは思えない文章。
編集者目指したことが無い、生涯の読書量もそんなに多くない、己の文章力の無さを恥じている俺が見て、なんだかおかしな文章だなと思う程だ。
他者への想像力もなければ、自分を客観的に見ることも出来ていない。
今日をきっかけに、そのことを自覚して今後の人生を歩んでいってほしい。
まぁこんなことを赤の他人が言うのもおかしいのだけれど、なんとなく気になったので書き記しておくことにした。
それにしても、見城さんの「訳が解らないよ。好きにしたら。」との返しがこれほどまでにしっくりくるやじコメないよなぁw yasu33 削除されたユーザー削除されたユーザー 見城さんがいる。それこそが、755の絶対的な価値だと思う。
スルーできない、上辺で付き合えない。そんなSNSに全く向いてない見城さんがいることこそが、755がツイッターやフェイスブックとは違うとこであり、日本発のSNSとして唯一世界を獲れる可能性を感じさせる理由だと思う。
見城さんの755を通して、薮医師は本を出した、僕は会社を変えた。そして多くのユーザーは、信じられないほど、生きかた、考え方を変えた。
いま、多くの人の「現実」の人生を変えるSNSがあるだろうか。
過激な投稿は数あれど、全てがただただ消費され、時間が経てば忘れ去られる。
「ネット上」でやり取りされ「ネット上」で解消される。
それは、都合がいいし、楽だ。
自分を偽れるし、適当に誤魔化せる。
でも、見城さんは、そんなSNS的な人間関係を許さない。それが、今っぽいんですよ、と言われても受け入れない。
見城さんの書き込みは、簡単には消化できない。良くも悪くも異物であり、喉に詰まり、腹に残る。
だからこそ、「現実」の人生にボディブローのように影響を与える。
スマホの電源を切っても尚、胸に残る。
そんな書き込みをする人は、他に誰もいない。755に見城さんがいられなくなったなら、もう755に価値はないのではないかとすら、思う。
でも見城さんは、傷つき755を去ると言う。
たしかにGNOを死守する見城さんに今のSNSのルールはあまりに無礼だ。こんなものは、やめて欲しいと思う時もある。
しかし、そんなSNS的なノリやルールと全く相容れない見城さんが、ど真ん中にいるという、ある意味でのSNSの矛盾を昇華できたときに755は奇跡のSNSになるのだと、僕は強く思う。
