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Give it Time.
トーク情報
  • てんあつ.
    見城徹見城徹

    くちゃくちゃになったバラ色の私鉄の切符を自分を励ますように見せていた20歳の僕はもういない。僕は遠くまで行けなかった。だから生き延びた。だから今がある。死の瞬間、僕は微かに笑えるだろうか?

  • てんあつ.
    見城徹見城徹

    死が絶望ではなく永遠の安息だとしたら、生とはなんだろう?僕は今のこの一瞬にかりそめに生きている。悩み、苦しみ、もがきながら生きている。古代でもなく、戦国時代でもなく、明治時代でもない。昭和25年12月29日に静岡県清水市吉川450に生まれた。その前は僕は存在しなかった。僕が死んだ後も存在しない。しかし、世界は続く。何故、日本の静岡県清水市に生まれたのか?何故、イタリアのジェノバではなかったのか?何故、昭和の時代だったのか?死とは現実からの消失である。一夜の夢のように人の人生は消える。人生、夢幻の如し。それで良し。

  • てんあつ.
    見城徹見城徹

    1万年前もあったのだから1万年後もあるだろう。1万年だってあっという間の時間だということだ。生命って何だろう?一瞬を生きて死ぬ。1万年後の人たちにとって令和2年の時代なんて有史以前の時代になっているはずだ。歴史に残っていない。だから、時間など存在しない。時間とは便宜上人間が決めたものだ。本当は時間は流れていない。ただののっぺらぼうだ。無だ。今を生きている僕たちだって実はは存在しないと同じだ。ただの泡なのだ。そう思えば気持ちが楽になる。千年前に死んでも今死んでも、同時に死んだようなものだ。それを認識した上で圧倒的努力をする。戦う。それしかない。

  • てんあつ.
    てんあつ.

    ↑2020年2月〜見城さんの過去のご投稿より。

    今日の見城さんの過去トークからのリトークは以上になります。
    おはようございます。

  • てんあつ.
    てんあつ.

    『死とは現実からの消失である。』

    見城さんのこの言葉。4年前、頭では理解出来ていたにしても実感としてでは無かった。
    だが体を壊し歳を取るにつけて、体の底から湧き上がって来るほどの恐怖と寂寥感を実感している。
    ただ消失して行く体と思い。人生の虚無を実感せざるを得ない。