盛岡と沿岸部に位置する宮古市を繋ぐ道路に宮古街道というのがあって、まるで『もののけ姫』のような雄壮なる自然なかを車で走り抜ける道路である。ただしこの宮古街道を走っていると時として、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』のオープニングシーン、ビートルがロッキーの山並みに沿った狭い道を滑走する姿を空中からヘリコプターで撮影した、あのシーンに入り込んでしまったかのような感覚に陥る時がある。つまりはあの惨劇が起きる山あいのホテルに向かって車を走らせているということになり、穏やかな初夏の緑のなかで、なぜか憂鬱な心持ちになってしまうのだ。 『シャイニング』は"顔面劇"である。というのがあの映画の私的評論である。キューブリックならではの圧倒的構図、カメラワークなどは他の作品と変わらないが、映画史上抜きん出た顔面表現を語らずして何を語ろうかと思うのは私だけではないだろう。 もはや顔芸人のジャック・ニコルソンの狂気じみた表情が有名だが、妻役シェリー・デュヴァルの恐怖に慄く表情、息子役ダニー・ロイドの愛らしくも端正でそれでいて神秘的な表情、この３つの対比が顔面劇としての傑出した完成度を形作っていると私は考える。 ジャック・ニコルソンが演じる主人公ジャックは、孤独の中に正気を失ったのか、ホテルの呪いに侵されたのか曖昧ではあるが、彼を表現するなら"邪"あるいは"狂"である。それに対して妻はどうかと言うと、彼女はありのままの真人間という感じで"正"という具合だ。その二人の息子、この子はシャイニングのタイトルに関わる存在で霊的な能力を持った子供である。これは時に悪魔的な性格を覗かせるものの、作品全般としては父の"邪"と対に位置しており"聖"と呼ぶにふさわしい。 邪、正、聖の3つの顔面がスクリーン狭しとどアップで映し出され、ダイナミックに展開して行くこの映画は、誰が何と言おうと顔面劇の金字塔である。それにしても、ジャックのアップはえげつない。