中上健次 メモに大江「愛」 「シュールレアリストの面目躍如」 初期短編 読み込みの跡 　３月に88歳で亡くなったノーベル文学賞作家、大江健三郎さんの初期の短編について、昭和文壇のスターとして活躍した中上健次（１９４６〜92年）が解釈を記したメモが見つかった。純文学を愛する人にとって今もカリスマであり続けている中上の初期作品が、先行する大 江文学の強い影響下にあることはこれまでも専門家が指摘してきたが、大江文学との〝格闘〟を示す資料と言えそうだ。 　大江さんの短編は、58年に芥川 賞を受けた「飼育」。戦争中に「村」 に敵の飛行機が墜落し、落下傘で脱出し捕らえられた「黒人兵」と村の子どもたちとの牧歌的な交流や悲劇が濃密に描かれる。 　メモは４枚あり、中上が設立した市民講座「熊野大学」の運営メンバーらでつくる顕彰委員会メンバーが2022年秋、中上の仕事場だった和歌山県那智勝浦町のマンションの書斎で、「死者の奢り・ 飼育」の新潮文庫版に挟まれているのを発見した。 　メモでは「黒人兵の登場 落下さんでおりてくる　シュールレアリストである大江の面目躍如である」と、大江さんを超現実主義者と解釈している。また「黒人を監禁している監禁の側にひとまず 身をおく→『性的人間』の逆構造である」と、ほかの大江作品と比較。「村」や「父」の行動が戦時下そのものを描いていると指摘するくだりもあり、狭い共同体を詳述することで広い世界を手づかみにさせる点は中上文学と共通す る。文庫本にも傍線を引き、感想などを書き込んでいた。 　顕彰委などによると、中上は98 年８月、東京都内で「初期の大江健三郎『飼育』を中心に」と題した講演をしており、メモは講演の準備のために書かれたとみられる。中上研究の第一人者として知られる文芸評論家、 高澤秀次さんによると、中上は原稿ではなくメモを基に講演するスタイルだったといい、「講演では実際に『シュールレアリスム』という面白い着眼点を示しており、準備していたのだと分かる」と指摘する。 　中上は故郷の和歌山県新宮市の被差別部落に生まれ、複雑な血族の愛憎を小説にし続けた。76年に 「岬」で戦後生まれとして初めて芥川賞を受賞、後続の作家たちに大きな影響を与えたが46歳で早世した。同じ小学校から高校の１年先輩で、中上をよく知る新宮市立佐藤春夫記念館の辻本雄一館長は メモについて「中上が後年も大江作品を読み込んでいたことが分かる」と話す。 「中上健次発言集成６」（第三文明社）によると中上は88年８月 の講演で、35年生まれで10歳ほど年上の大江さんについて「嫉妬の対象であり（笑）、尊敬する先輩であり、すごく影響を受けたし、 あるいは、一遍どこかでぶん殴ってやろうとも思ってる作家だし、なくてはならない作家であり、もしこう言うことが許されるなら、じつに信頼できる、現代文学の敵に立ち向かう強力な同僚」と、 愛憎半ばする感情を吐露している。中上はこの３年後に病没し、大江さんは５年後にノーベル文学賞を受賞することになる。 　新宮市立図書館では「大江健三郎追悼展」が開かれており、今回発見の中上のメモのほか、中上が 大江さんから直接もらったというサイン入り文庫本など14点を展示している。 ９月５日まで。問い合わせ先は同図書館（０７３５・22・２２８４）。 【松田学、最上聡】 ( ｡･_･｡)φ_