日 本 經 濟 新 聞（夕 刊） ２０２３年（令和５年）８月３日（木曜日） 夕刊文化　１０ 目利きが選ぶ３冊 アリアドネの声 井上　真偽著 （幻冬舎・１７６０円） 地下救出劇 多重の仕掛け 評論家　野崎　六助 　巨大地震で崩壊した建物地下から生存者を救え。残された刻限は６時間。タイトルはギリシア神話の「アリアドネの糸」から。糸ならぬ、声とは？そこが新機軸。 　タイムリミット・サスペンスの仕様[フォーマット]に作者はいくつかの「特殊設定」を加味した。①兄を事故で喪[うしな]った主人公（救助者）のトラウマ。②救助される女性の三重障碍[しょうがい]（眼[め]が見えず・耳が聞こえず・喋[しゃべ]れない）。③崩壊した建物の、障碍者支援のための特殊な構造。④ドローンを使っての救助。①は手堅いドラマの共感要素だが、②③④と進み、共生社会という建前と現代の先端テクノロジーの問題が前面に出てくる。パニックものには欠かせないツールとなったドローンがここでは「主役」だ。 　地下５階から２層上（地下３階）のシェルターに彼女を誘導する。地下水、余震、漏電、二次火災、ネズミの大群、自動運転を続けるフォークリフト･･････。加えて、暴露系ユーチューバーによる妨害、救助女性へのある疑惑などに阻まれて、リミットは迫る。「声」は届くのか。最後に聞こえるのは、テクノロジーか「人間」への信頼か──。