ログイン
詳細
シカゴ実業 中川ひちゃゆき

単独ありがとうございました!色々経てこの単独を迎えてめちゃくちゃいい単独ができたと思います! ここからはYouTubeの最新回を観てくれた方々に対して書きます。 この呟きの真上↑の呟きをしたのがちょうどYouTubeの収録を日でした。ちなみにこれを755に打ったことを僕は全く覚えていません。久しぶりに飲んだ酒ですっかり酩酊していたからです。 僕は昔から進む引く留まるという選択肢が生まれる度に留まるを選択してきました。留まることを選択することで場を客観的に見たり自分を俯瞰で見るのが仲間内での付き合いでは得になることが多かったからです。極力人とぶつかりたくない、人は人、自分は自分と思えば他者に攻撃的になることもないし、自分への攻撃(別に攻撃ではない)も避けれると思っていたからです。その立ち位置が自分にとっては最良だと思っていました。 そうやって作った立ち位置の上でおもしろい自分を作ってから、僕はお笑いの世界に入ってきました。 お笑いの世界に入る前も、入ってから少ししてからも培ってきたことでなんとなくやり過ごせて、僕は自分のやり方に疑問を持つことはほとんどありませんでした。 そんな中で周りの仲良かった先輩や同期や後輩がどんどんおもしろさを発揮して結果もついてくるようになった時、僕はその場で立ち止まったままでした。対抗することも諦めることもできずに、必殺のおれはおれやからを発動していました。今考えれば完全にクソですが、当時(かなり最近まで) は無意識に自己防衛のようにそう考えていました。 そういった境遇に直面したのが、シカゴ実業の前のコンビで数学ABというコンビを組んでいた時でした。自分が足りてないとか、その足りてないことから逃げているとか、そういうことを感じていたのに安定かのような衰退をおれはおれやからというらこれまでのやり口で受け流し始めたのがこの時でした。 当時の相方のコメはそれでも僕を鼓舞して本気で売れようとしてくれていたのに、僕はなんとなくネタを考えるという努力でもなんでもない努力で茶を濁して、時間を浪費していました。今思えばその時であっても変わるきっかけはいくつもあったのにそれを無視して、結局数学ABは解散してしまいました。 その後、何も変わらないまま先輩の中でも1番良くしてくれて1番おもしろかった山本さんとコンビを組めることになりました。 これまでに書いた悪質な体質を変えることもないまま相方になった山本さんはめちゃくちゃしんどかったと思うけど、後輩の僕に我慢しながらもめちゃくちゃ優しくしてくれました。 けれど、それに甘えた僕はこれまで以上に自分をこじらせて、おもんないとは言われない位置にいることで自分を保つ、そういうことをしてしまう人間になっていました。 観ている人にとってはもしかしたそうでない瞬間もあったかもしれませんが、それは自分の調子がいい時や得意な分野、好きな人がいる時には甘えて、そうでない時は適当に過ごしていただけでした。 そうしているうちに得意なことや好きな人がいるところでもそれなり過ごしていくことが増えていたと思います。 全てに一生懸命になることや誰かとぶつかることをさぶいとか面倒くさいとか自分らしくないとか思いつく言葉を色々並べて適当に過ごしていました。 YouTubeであの話になった時、1番つらかったのは相方で、元々信頼して可愛がってくれていた先輩に、つまらん思いをさせていたんだということです。 認めてくれている相方の気持ちにあぐらをかいて、調子こいていた自分に気づくのに4年、コメをいれれば8年かかりました。 あの収録があってほんまに良かったです。 おもろさから逃げるのはやめます。向かって体当たりしてぶち壊して1番面白くなります!シカゴ実業が1番おもしろいと言わせます!絶対にシカゴ実業のファンであったことを自慢させます!! とりとめのない駄文長文失礼しました!今日書いておきたかった!

前へ次へ
シカゴ実業 中川のトーク
トーク情報
  • シカゴ実業 中川ひちゃゆき
    シカゴ実業 中川ひちゃゆき

    単独ありがとうございました!色々経てこの単独を迎えてめちゃくちゃいい単独ができたと思います!

    ここからはYouTubeの最新回を観てくれた方々に対して書きます。
    この呟きの真上↑の呟きをしたのがちょうどYouTubeの収録を日でした。ちなみにこれを755に打ったことを僕は全く覚えていません。久しぶりに飲んだ酒ですっかり酩酊していたからです。

    僕は昔から進む引く留まるという選択肢が生まれる度に留まるを選択してきました。留まることを選択することで場を客観的に見たり自分を俯瞰で見るのが仲間内での付き合いでは得になることが多かったからです。極力人とぶつかりたくない、人は人、自分は自分と思えば他者に攻撃的になることもないし、自分への攻撃(別に攻撃ではない)も避けれると思っていたからです。その立ち位置が自分にとっては最良だと思っていました。

    そうやって作った立ち位置の上でおもしろい自分を作ってから、僕はお笑いの世界に入ってきました。
    お笑いの世界に入る前も、入ってから少ししてからも培ってきたことでなんとなくやり過ごせて、僕は自分のやり方に疑問を持つことはほとんどありませんでした。

    そんな中で周りの仲良かった先輩や同期や後輩がどんどんおもしろさを発揮して結果もついてくるようになった時、僕はその場で立ち止まったままでした。対抗することも諦めることもできずに、必殺のおれはおれやからを発動していました。今考えれば完全にクソですが、当時(かなり最近まで)
    は無意識に自己防衛のようにそう考えていました。

    そういった境遇に直面したのが、シカゴ実業の前のコンビで数学ABというコンビを組んでいた時でした。自分が足りてないとか、その足りてないことから逃げているとか、そういうことを感じていたのに安定かのような衰退をおれはおれやからというらこれまでのやり口で受け流し始めたのがこの時でした。
    当時の相方のコメはそれでも僕を鼓舞して本気で売れようとしてくれていたのに、僕はなんとなくネタを考えるという努力でもなんでもない努力で茶を濁して、時間を浪費していました。今思えばその時であっても変わるきっかけはいくつもあったのにそれを無視して、結局数学ABは解散してしまいました。

    その後、何も変わらないまま先輩の中でも1番良くしてくれて1番おもしろかった山本さんとコンビを組めることになりました。

    これまでに書いた悪質な体質を変えることもないまま相方になった山本さんはめちゃくちゃしんどかったと思うけど、後輩の僕に我慢しながらもめちゃくちゃ優しくしてくれました。

    けれど、それに甘えた僕はこれまで以上に自分をこじらせて、おもんないとは言われない位置にいることで自分を保つ、そういうことをしてしまう人間になっていました。

    観ている人にとってはもしかしたそうでない瞬間もあったかもしれませんが、それは自分の調子がいい時や得意な分野、好きな人がいる時には甘えて、そうでない時は適当に過ごしていただけでした。

    そうしているうちに得意なことや好きな人がいるところでもそれなり過ごしていくことが増えていたと思います。

    全てに一生懸命になることや誰かとぶつかることをさぶいとか面倒くさいとか自分らしくないとか思いつく言葉を色々並べて適当に過ごしていました。

    YouTubeであの話になった時、1番つらかったのは相方で、元々信頼して可愛がってくれていた先輩に、つまらん思いをさせていたんだということです。

    認めてくれている相方の気持ちにあぐらをかいて、調子こいていた自分に気づくのに4年、コメをいれれば8年かかりました。

    あの収録があってほんまに良かったです。
    おもろさから逃げるのはやめます。向かって体当たりしてぶち壊して1番面白くなります!シカゴ実業が1番おもしろいと言わせます!絶対にシカゴ実業のファンであったことを自慢させます!!
    とりとめのない駄文長文失礼しました!今日書いておきたかった!

  • シカゴ実業 中川ひちゃゆき
    シカゴ実業 中川ひちゃゆき

    お笑いの世界でなくとも僕のような考え性格の人がいるかもしれない。その人の環境や周りの人の性格によってはもしかしたらそれはあってるのかもしれないけれども、もし周りとか全部無視して今の自分がダメだとか好きじゃないだとか思ったら自分のために変えてみてほしい。もし変えてえげちつない借金とかできたらおれのところにいうて来い!!起きてたら話ぐらい聞くわ!