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滝音(さすけ)

脱衣所で、一糸まとわぬフルヌードになり風呂場に入る。風呂場の椅子に腰掛けあたしは読み始めたばかりの本を開いた。30Pほど読み進めたところで嫁がスッとやってきてあたしの側頭部にバリカンを入れる。付き合って以来2,3ヶ月に1回の頻度で嫁はあたしの散髪をしてくれている。 「右向いて」「逆サイド」とシンプルな指示が飛んでくるのに身体を委ねる以外は基本的に本の世界に没頭する。なんとありがたきかな。 20分ほど経ったところでいきなり現実の世界に引き戻される。嫁が爆笑しているからだ。現実世界に戻ったあたしが一番最初に思ったことは「なぜあたしは立っているのか?」ということであった。基本的には散髪は座ってする。とりわけ身長差が20cmほどある我々夫婦が起立スタイルで散髪をするのはちと難儀である。おそらく本の世界に没頭している間に「立って」という指示を受けたのであろう。全く覚えていない。 そして次に気づいたのはぼんやりとした違和感である。裸眼で0.01ほどの微弱な視力を駆使してなんとか自分の下腹部に目をやると、なんだか寂しい。なんと言うか、あまり生い茂っていないのだ。しかもボヤケていてもわかるグラデーション感。ちょうどゴルフ場のフェアウェイとラフのように下(しも)の芝がツートーンになっていた。 すべてを理解して目の前を見る。脱衣所で嫁がヒイヒイと言っている。あたしは「ありがとう」と謎の感謝を告げて風呂場の扉を閉めた。

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