ikutamaのトーク
トーク情報- ikutama
ikutama 広島出身・西川美和監督 戦争テーマの初作品の映画「わたしの知らない子どもたち」(2026年7月30日掲載)|広テレ!NEWS NNN https://news.ntv.co.jp/n/htv/category/society/ht06eeb2fefaff4be8951cadb6b25381a6
[わたしの知らない子どもたち]
音楽家の娘…戦争孤児…坂本龍一さんが残したオーケストラが奏でる音楽。そして『切なくて、美しくて、勁くて』という見城さんの感想に心を奪われています。 - ikutama
ikutama https://youtube.com/watch?v=9MUVEPey2ng&si=JwwLZDXYnBdRRnKd
「他人を尊敬することは難しい」という井川さんが尊敬する5人。
・宗次徳二(CoCo壱番屋創業者)「経営者として」
・熊谷正寿「一度決めたことは絶対に曲げない」
・藤田晋「会社を後進へ譲る」
・見城徹「人間関係を大切にする」
・安倍晋三「素晴らしい日本にしたいという信念のもと動いていた」
挨拶に来た井川さんを立ち上がって迎える見城さんと、その心遣いに気づく井川さん。そこに感動しました。 - ikutama
ikutama 7月23日に日本赤軍の元メンバー岡本公三が亡くなった。
ただ一人生き延び、生き抜いた岡本公三。イスラエルでの13年間の服役で拷問を受け、精神状態は蝕まれ、生涯回復することはなかったという。捕虜交換で解放された後、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)にパレスチナの英雄として保護された。PFLPは『公三はパレスチナのために自らの人生と精神を捧げてくれた。どれだけ手厚く看護・生活支援を行っても、彼が払った犠牲の大きさには遠く及ばない』という想いを様々な場面で語っている。岡本公三はパレスチナで仲間たちに手厚く埋葬された。
仲間と共に死ぬ気で事件を起こし、偶然が重なって一人生き残った。事件から半世紀以上、その結果を背負って生き抜いた。
岡本公三の止むに止まれない人生。
敗者の凱旋。
想像を絶する人生。
755をしていなければ、素通りしていた。 ikutama 見城徹見城徹 キツいなあ。色んなことがキツい。
仕事も、人間関係も、トレーニングもキツい。
戦いのリングを降りてしまえば楽になるに決まっているが、降りた後の自分が想像出来ない。
追い詰められない。悩まない。苦しまない。
負荷がかからない日々など僕には想像出来ない。
もうすぐ74歳になる。普通ならとっくにリングを降りている歳だというのに毎日七転八倒している。今朝は堪え切れずに弱音を吐いている。
それでもかろうじて前に出る。パンチを出す。
僕がリングを降りるのは、KOされてリングに横たわり担架で運ばれる時だ。それでいい。今日も憂鬱さと共に生きる。「忍びて終わり悔いなし」と自分に言い聞かせる。死ぬまで修行だ。死ぬまで精進だ。愚痴を言い、弱音を吐くけれど、自分からリングは降りない。押忍!
