見城徹のトーク
トーク情報見城徹 藪 医師(中山祐次郎)藪 医師(中山祐次郎) こういう実存主義的なエゴイズムに浸る日もあります。ニヒリズムに陥らないよう、思考を深め過ぎないように気をつけています。だから私は浅いのだけれど、息子二人メシを食わせねばならない。
見城徹 K0183K0183 見城さん、755の皆さま、こんにちは。
今日で、755を始めて一年です。
昨年九月二十三日。
秋分の日に、755を始めました。
最初の投稿は、すべきかどうか、とても悩みました。
十一月一日。
東京国際映画祭で、[栄光のバックホーム]に心を灼き尽くされました。
その後の舞台挨拶で初めて、紙や画像を介さない、生の見城さんを目に焼き付けました。
十二月十二日。
初めて幻冬舎を訪れ、建物を見上げていました。
小説を書くことなど、考えてもいませんでした。
十二月十四日。
幻冬舎Presents 劇団扉座第80回公演[つか版・忠臣蔵2025]で、初めて見城さんと直接お会いすることができました。
体が震えて、何も言えませんでした。
五月三日。
小説を書き始め、三日後に755で打ち明けました。
見城さんのキラーカードに、心をさらわれました。
五月二十四日。
三週間で、書き切りました。
見城さんに提出するために、緊急の仕事の合間に、郵便局へ走りました。
六月十二日。
初めて幻冬舎を訪れた日から、ちょうど半年。
原稿を持って、幻冬舎で見城さんの前に立ちました。
緊張して、やっぱり、あまり喋れませんでした。
見城さんから「作家」という言葉をいただきました。
八月二十九日。
東武デパートの七代目松五郎のキューバサンド・ブースで、見城さんと755の皆さまにお会いしました。
その後、755の皆さまと、楽しく過ごさせていただきました。
幸せで、飲みすぎて、記憶を無くしました。
九月八日。
再校のゲラを、送り出しました。
今日、九月二十三日を、自分の中で[手術灯]の締め切りにしていました。
校了は、まだです。
全て、今でも鮮やかに思い出せます。
一年前、こう書きました。
『惰性で過ごしてきた日常を、言葉を紡ぎながら自分と向き合い少しずつ違う方向に変えていく』
見城さんに、多くを教えていただきました。
変われなかった自分が、います。
見城さんに少しでも近づけるように、気持ちを新たにして、自分の未熟と戦います。
正直、誠実、善良、真心。
見城さん、755の皆さま、心から感謝しています。
これからもよろしくお願い申し上げます。




