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前略 見城先生
トーク情報
  • 吉田真悟
    吉田真悟

    No.046
    『無趣味のすすめ』拡大決定版
    村上龍 著

    2016/03/08
    雑誌「GOETHE」に載せた61のエッセイの拡大決定版? 紙面の都合なのか1テーマ1000字程度と読み易い反面もの足りなさを感じた。

    多岐に渡るテーマの中では政治に関する批判が多いが、個人的に村上龍さんがどういう気持ちで小説に取り組んでいるのか、非常に興味があった。仕事や好きな事とは違う次元で事務的に脳から取り出し、偏執狂的な作業で完成させて居た。非常に疲れる作業だが止められないものらしい。
    逆にエッセイはというと、あとがきにある通り、徒労感や閉塞感を覚え長編小説を書きたいのだ、で結んでいるので今後は余り書かないのだろう。

    やたらひらがなを多用していて分かり易く、文庫なのに文字も大きく、小学生でも読めると思うが、ビジネスパーソンは読んでおくべき一冊だと思う。
    
久々に自分用に抜粋しまくった。

    村上龍著
    『無趣味のすすめ』より

    ◆無趣味のすすめ◆
    趣味とは基本的に老人のもの。
    趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。
    真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

    ◆「好き」という言葉の罠◆
    好きという感情には、理性一般を司る前頭前皮質ではなく、深部大脳辺縁系や基底核が関わっている。理性ではなくエモーショナルな部分に依存する。だから、大抵の場合、本当に「好きなこと」、「好きなモノ」、「好きな人」に関して、私たちは他人に説明出来ない。
    「好き」が脳の深部から湧いてきて、それを説明するのが理性なので、そこに本来的なギャップが生まれるからだが、逆に、他人に分かりやすく説明できるような「好き」は案外どうでも良い場合が多い。説明可能な分かりやすい「好き」は何かを生み出すような力にはなり得ないのだと思う。

    ◆決断する力◆
    最優先事項を把握している場合、決断には法則がある。もっともやっかいで、もっともむずかしく、もっとも面倒な選択肢が正解ということだ。だからわたしは今の日本のほとんどの閣僚や政治家が理解できない。非常に、やっかいでむずかしく面倒なことをやらなけらばならないのに、多くの政治家は閣僚に選ばれたときに喜色満面の表情をみせ、誇らしげだ。決定権と責任を持つポストを与えられて喜んでいる上司を信用していけない。優秀で、現状の困難さをわかっている人ほど、責任と決定権を、与えられたときには、憂うつになるはずだからだ。

    ◆ビジネスと読書◆
    読書が重要なのではない。情報に飢えるということが重要なのだ。

    ◆リーダーの役割◆
    リーダーの「資質」などどうでもいいと思う。どんなに優れた素質があっても、「何をすればいいのかわからない」リーダーは組織を危うくする。
    「わたしが日本を変えます」という政治家に対し、いつもわたしは「まずお前が変われ(代われ)」と思う。どう変えるのか、そのために何をするのか、優先順位はどうなっているのか、結果が出なければどう責任をとるのか、そういった具体的なことを言わないリーダーは信頼できない。

    ◆謝罪という行為は◆
    そもそも何が起こったのか、どういう経緯だったのか、どういう原因で起こったのか、自分はどう関与したのか、責任は誰にあるのか、損害を把握しているのか、どのような対応をしたのか、事態は解決に向かっているのか、いつ解決するのか、再発防止のためにどのような対策をとるのか、損害賠償について具体的にどう考えているのか、今回のトラブルに対し誰がどういう責任をとるのか、そういったことをできるだけ速やかに明らかにすることが、謝罪よりもはるかに重要である。

    ◆ビジネスにおける文章◆
    小説の文章も仕事における文章と同じように「正確さと簡潔性」が求められる。
    脳に負荷をかけて、できるだけ正確に書く、という面白くも何ともない作業の繰り返しに過ぎない。物語に破じょうがないか、人物の造形に誤りがないか、登場人物の行動と態度と発言に不自然さはないか、描写に過不足がないか、比喩は適当か、読者が読んでいくときのリズムを壊してしまうような省略や反復はないか、何度も何度も読み返し、まるで偏執狂のように、余分な文章や言葉をそぎ落とし、足りないシーンや文や言葉を書き足していくという、地味といえばこれほど地味なものはない、というようなことをえんえんと繰り返すのが「小説の執筆」だ。