#大人列車 short story 静かな道を冷たい風が吹き抜け、落ち葉が舞う。道は緩やかな下り坂になっており、その両側には鬱蒼とした森が広がっていた。 僕はそこを颯爽と自転車で走り抜ける。 ここは九州のとある田舎町。大きな炭坑があり、明治から戦前にかけて石炭業を基盤に栄えた。しかし、石炭の需要低下と共に衰退し、今では人口1000人ほどの小さな町となった。 やがて、僕は比較的大きな通りへ出た。そこには八百屋、肉屋、駄菓子屋など様々な店が立ち並び、閉店作業をする人々の世間話が飛び交う。 僕はとある本屋の前で1度自転車を止めた。 「こんばんは。」 「いらっしゃいませー！申し訳ありませんが、お客様、今日はもう閉店の、、、」 「おじさん、僕だよ。」 「あぁ。君か。葉月ならもう行ったよ。」 「本当ですか！ありがとうございます。」 「うん。気をつけてね。」 「はいっ！」 僕は再び自転車に乗って、走り出した。 この本屋は、僕の幼なじみ葉月の父が営む商店だ。葉月とは生まれた時から一緒で、男女の垣根を越えて仲が良い。いわゆる幼馴染みっていうやつ。 その道をしばらく進むと駅が見えてくる。この町にある唯一の駅である。 駅とは言っても明治時代に出来たものだから、レンガ造りの壁面にはびっしりと蔦が巻きついており、どこかの幽霊屋敷のような見た目である。 年期が入った赤茶色の車体には、都会でよく見る金属的でどこか冷たい雰囲気は全くなく、むしろ傷ついた心を癒してくれるような、そんな温かい雰囲気が漂う。 １日1本の運行というレア感のせいか、時々写真を撮りに来る人を見かけることもあるけれど、他に観光地があるわけでもないので、数は知れている。 そして、駅を通り過ぎて、左折すると、今度は急な上り坂がある。そして、その上では葉月が手を振っていた。 「遅い〜」 「ごめんごめん！」 「おじさんと話しとった。」 「もう列車、出ちゃうよ！」 坂の上には公園があり、ここからは駅と列車がよく見える。ここのベンチに座って夕方18時に出る列車を見送るのが2人の日課だった。 あの列車には夢がつまっている。都会へ、夢を追いかけて出て行く人の希望がつまっている。１日に１本のその列車は遠い遠い昔から、数え切れない夢を運び、数え切れない愛に見送られてきた。 そして、明日、彼女もこの町を発つ。アイドルを目指して上京するのだ。この場所から２人で列車を見送るのも今日が最後。 列車が発車しようとするとき彼女が何か言ったような気がした。しかし、それはベルの音にかき消されて僕には聞き取れなかった。 「葉月、なんか言った？」 「…ううん。なんも？……ねぇ。明日も、いつも通りここから見送ってくれる？」 「…うん。」 そのとき、ふと彼女の顔を見ると、その微笑んだ頬には何かが光ったように見えた。 列車の動く音が静かな街に響き、車輪が重厚な音を立てて回り始める。 今までで１番寂しく心に響く音だった。 そして、2人は寄り添い、夕日の反射する列車を見えなくなるまでずっと見送っていた。 …end.