
ikutama読書記録
トーク情報- ikutama
ikutama ![投稿画像]()
北極星〔幻冬舎〕西野亮廣
現実と格闘して磨かれた信念、出会った人との摩擦や共感で得た気づき…。きっと抱えきれないほどの悲しみや苦しみを経験してきたはずなのに、西野さんは明るい。今までに無かった「新しい時代を生きる」という西野さんの生き方が詰まっている。
『託したお金を雑に扱わないか』この言葉に信用の原点を感じました。『ファーストクラスを排除するとエコノミーの価格が上がる』目から鱗でした。『制度で処理すべき問題と人が判断すべき問題』自分の仕事に置き換えて、ずっと考えています。
一人になっても、喧嘩してでも、みんなを喜ばせるために、やりたいことに真っ直ぐに向かっていく西野さんの姿を見ていると、「まだまだ自分にもできることがある」そんな気持ちが湧いてきます。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
元気〔幻冬舎文庫〕五木寛之
人は元気の海から生まれ、そこへ還る。体力(身体)、脳力(心)、気力(命)。身体と心は、命の乗り物。「自然」を創り出し、動かしているエネルギーの根源(自然じねん)、それが命。気が集まれば生となり、散ずれば死となる。元気とは無限のエネルギーに満ちた混沌の塊、色は玄(深い、隠されたもの、輝く)、それは不思議なエネルギーが脈打っている赤黒い色。呼吸(天)と飲食(地)からエネルギーをもらって生きている。「真人の息は、これ踵をもってし、衆人の息は喉をもってす。」腹式呼吸はヘソの下に心を豆粒の大きさに観想すること、心気を臍下丹田、及び足心に収めること。
書いて書いて、書きまくって討死する。努力が苦手で読み書き以外には集中力がなかった。締切日に間に合ったことが一度もない。
人は恨(心の深いところにごろんと重いもの)を抱えて生きる。それは心の深いところになにかごろんと抱えている重いもの。サウダージ、トスカ。暗愁。暗は「暗い」ではなく、原因や発生源がはっきりしないということ。暗愁をちゃんと見つめて、対話を繰り返していくのが人生。
[大河の一滴]執筆後の人生と思索の展開、試行錯誤と真実への探求。[大河の一滴 最終章]への繋がりを感じる一冊。
生きることは苦しい。苦しみとは誠実さだ。苦しみにどう向き合ったか、それが人生なのだ。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
私の謎 柄谷行人〔講談社〕
本の厚みそのものが嬉しく感じられるほど、読みやすく、同時に濃密な一冊だった。柄谷行人さんの本を読んだことがない私にとって、そのすべてが新鮮だった。
とくに印象に残ったのは、「文学や文学者がこの国でどのような役割を担ってきたか」という考察。そこではじめて、自分が“文学を読んだことすらない世代”であることを自覚する。
柄谷さんが「交換」から見出した“神の力”ともいえる絶大なエネルギー、『交換様式論は絶望のなかに生じる希望の理論』という言葉のとおり、その入口をわずかに覗いただけで、脈打つような無限の熱量と輝きを確かに感じる。
著者の人生の邪魔をせず、そっとその軌跡に触れることができる。「本」の素晴らしさを再認識しました。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
他人の不幸はマヌカハニー〔コアマガジン〕箕輪厚介
人気が出ると他人の目が気になり、自分の美を徹底できなくなる。「都会の資本主義」と「地元の繋がりで生きる人」では、求められる能力が異なる。そこそこ働いて勝てるほど世界は甘くない。本気を出さない人生に充実はない。大きな物語の一部になることで人間は全体性を感じる。東京の豊かさとは「雑居ビル」。繊細にガラパゴス化した高品質なカオス。中長期のビジョンを描かないのが一貫した長期ビジョン。場所と時代、それぞれの新たなルールに順応して生きている。
港区女子は「交換可能なエキストラ」の一人。「誰か」の枠に呼ばれなくなると、自分の居場所を失う。当てもなく予約した高級寿司店のお供に誘われる。
マスに伝えるには、世界観と単純化(ジェスチャーや外見、シンプル)、「持たざる者」の演出が必要。
まともじゃない環境がまともじゃないモノを作り出す。売れている店には世界観とストーリーがある。賛否両論を生む「ノイズ」になる何かが必要。一つの肩書きを持ったうえで、他の仕事も手掛けるから信頼が生まれる。
見城さんは永遠の文学少年。片隅の人が誠実に切なさを引き受けながら一生懸命に生きる姿に誰よりも感動できる人。
「ルール違反」を指摘し満足するのは安全圏から石を投げて勝った気になるのと同じ。ルールを理解したうえで、その正しさを疑い、変えていく。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
一寸先は闇〔幻冬舎新書〕五木寛之 佐藤優
昭和100年。
国家と国民の「一体感」があった戦前・戦中。
そして、戦後の80年、本格的な戦争をしなかったことこそ、日本にとって明治以来の最大の出来事だった。
しかし今、日本は昭和最初の20年へと回帰しつつある。
気づけば、私たちはすでに「戦前」を生きているのかもしれない。
一寸先は闇――その覚悟を持って生きる。
「論破」と言って話を打ち切る風潮が、「二・二六事件」と似ていると指摘し、
『どんなテーマであれ、夜を徹して議論しても決着がつくものじゃないと思いますけどね。』
という五木先生のお言葉が、深く心に沁みました。
闇をどう歩むか。
そう考えると、不思議と底力が湧いてくる。
昭和100年を自覚して生きます。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間〔幻冬舎新書〕林真理子
思い通りにならない現実の中でも、自己肯定を重ねながら生きるための生活の末端に現れる工夫の数々。それはまさに、一朝一夕では辿り着けない、経験に裏打ちされた物語。
特に第三章〔人付き合いは楽しく、無理せず〕では、肝に銘じなければならない言葉がたくさんありました。『お金の払い方で、知性、センスがわかる』『助言は、誰も喜ばない』『ツイてない時ほど、人の悪口を言ってはいけない』
日大の理事長を引き受けた際の苦労の中で、ダイナミックに心が動いていく様子は、覚悟を決めた人の人生が動き出す瞬間のようで、人生の変化に鮮やかに対応する知恵を教わりました。
そして最後のテーマである「死」。誇張せず、油断せず、現実に迫る死と付き合う人生。これから先、少しずつ噛み締めていきます。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
口笛を吹きながら夜を行け[幻冬舎]五木寛之 横山剣
ままならぬ世を生きていく。痛くて、辛い。『でもやるんだよ』という言葉に大きな力をいただきました。
マイナーキーの曲をエネルギッシュに歌う。「歌」は、人に身を投げ打つ勇気を与え、心と心をつなぎ、共鳴させる。そして、人の心を一つにし、世界を一つにする。小説家になるまでレコード会社で働いていた五木先生だからこその、音楽に対する切実な想いを感じました。
「ダメな車ほどかわいい」から始まるお二人の愛車談義。『値段やスペックよりも、自分にとって特別な価値があるか』という言葉に、その本質が凝縮されているように思います。自動車を単なる機械ではなく、一つの生命体のように愛し、その車が生まれた背景や歴史、背負っている物語まで感じ取る。その世界に、「私も加わってみたい」と素直に思いました。
そして、地元・横浜への深い愛情。横浜の街の輝きと哀愁が伝わってくる文化論は、「三日住めば浜っ子」という言葉どおり、横浜をぐっと身近な存在に感じさせてくれました。
音楽、クルマ、横浜。一見ローカルで個人的な話題でありながら、その奥には「人は何を愛し、何に価値を見いだして生きるのか」という普遍的なテーマが流れている。そんなことを考えさせられる、大変魅力的な対談でした。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
EX原理[幻冬舎]加藤雄太
この世界を循環する「感情のエネルギー」の構造を、科学的に解き明かす。
分かれることは、つながる準備。
分かれることで差が生まれ、それは緊張となり、変化を促す。そこから意味が立ち上がり、やがて意識へと発展し、それらを引き受けることで、意志という力になる。
意志は行動となり、行動は世界を設計する。そして、設計と現実との間に生まれたズレが「問い」を生み、新たな変化を呼び起こす。
距離があるから、近づける。
違うから、理解できる。
沈黙があるから、言葉が生まれる。
問いがあるから、答えを探せる。
距離があるから、運動し、調整され、変化する。
だから、分離とは断絶ではなく、理解へ向かう過程。
愛とは、分離を受け入れながら、それでも一つを見ようとする働きなのだ。
科学的な視点から、世界を動かし続ける循環の核心に迫る。
人類の感覚の限界に挑むような気迫を感じました。
この本がハードカバーであることに、激しく同意します。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
弟[幻冬舎文庫]石原慎太郎
裕次郎さんと過ごした幼少期の景色に引き込まれています。
裕次郎さんが、いかに特別な人であったか。その魅力と危うさに、ページをめくるたび、ドキドキしています。
「好きなことをして生き抜く」。
石原裕次郎さんが伝説のスターになったのは、必然だったのだと思います。しかし、それ以上に、有名になるまで死ななかったことの方が奇跡だったように感じます。常人なら踏み込めない場所へ躊躇なく飛び込み、その危うさまでも魅力に変えてしまう。
そして、その裕次郎さんを支え続けた慎太郎さんの眼差しもまた、たまらない魅力を放っています。慎太郎さんはこの本の中でこう綴っています。『私がいなければ彼はありはしなかったし、同じように、いやそれ以上に彼がいなければ私はありはしなかったのだ』
それぞれの性分が違い、背負った役割も違う。互いの真面目さを認め合い、不器用さを支え合い、兄としてのプライドと、弟に感じた負い目を抱えながら寄り添って生きる。石原慎太郎さんは本当に裕次郎さんがかわいくて、裕次郎さんが亡くなってもずっと裕次郎さんの兄として寂しさを抱えて生きた。
二人それぞれのかっこよさが胸に沁みた。
石原慎太郎さんが書かなければならなかった本。
そして、見城さんが出版しなければならなかった本。
この本は、私にとっても、読まなければならない本だったと感じております。 - ikutama
ikutama ![投稿画像]()
墜落の夏―日航123便事故全記録―[新潮文庫]吉岡忍
1985年、日本航空123便墜落事故が起きた。520人が亡くなり、4人が生き残った。
過去の事故後の修理が不適切だったことから機体が大きく損壊し、油圧装置も失われ、操縦をほとんど受け付けなくなった機体。それでも、乗務員は最後まで機体を飛ばし続けた。
墜落までの32分間に何が起きたのか。
生存者の証言、残された記録、事故調査、遺族や関係者への取材を通して、事故そのものだけでなく、その後を生きた人たちの姿まで描かれている。
事故がなければ、それぞれにまったく違う未来があった。
亡くなった520人の命の重みを背負いながら、その後を生き続けた人たち。遺族と向き合った職員。事故の真相を追い続けた人たち。
そこにあるのは、航空事故の記録というより、人間が事故の後に背負う現実の記録だった。
そして、この事故を契機に、航空安全の考え方も大きく変わっていった。
人の技術や注意力だけに依存するのではなく、設計、整備、組織、運航など、システム全体を安全の対象として考える。
故障や摩耗は、完全になくすことができない。だからこそ、故障が起きることを前提に、異常を検知し、警報を発し、人がミスをしても事故に至らない仕組みをつくる。
「よく出来すぎた機も、システム全体にとっては一種の不良品なのだ。」
この言葉が強く残った。
新しいこと、先端にあること、競争に勝つこと。
そこに夢中になるほど、見えなくなるものがある。
技術が進歩しても、人間が完全になるわけではない。
だからこそ、失敗すること、壊れること、間違えることを前提に、それでも人を守れる仕組みをつくらなければならない。
日航123便事故は、40年以上経った今も、そのことを突きつけている。









