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てつおの部屋
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  • てつお
    てつお

    この度 佐藤航陽さんが中心となって立ち上げられたジンギュラボに入会!
     
    人一倍 関心はあるが、ついていけるかが気がかり。

  • てつお
    てつお

    朝日新聞記者からの「カブール陥落から自衛隊派遣に至るまで大臣は外遊に出ておられたが事態の対応に影響は出たか」
    っていう嫌がらせみたいな質問に対して、
     
    茂木外務大臣が「何時代のこと言ってるんですか?明治時代ですか?wi-fiが通じないんですか?毎日連絡取ってました」
    って言ったの痛快すぎる笑

  • てつお
    てつお
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    購入しました。
    自分の関心分野である仏教思想との親和性が高くて面白い。自分自身を俯瞰してみるという意味でも有意義な示唆を提供してくれる。

  • てつお
    てつお

    人は、いくら変えようとしても変えきれない、個々に固有の感性や欲を持っている。
それがその時々の社会に適合していれば、ひとまずは満たされる。
しかし実際には、むしろ適合しないことのほうが多いのではないか。
    そのとき人は、いくつかの選択を迫られる。
自らの資質を社会のシステムに合わせて調整するのか。
それでもなお満たされないなら、社会の仕組みそのものに働きかけるのか。
あるいは、世界の見え方――認知の枠組みを変えることで折り合いをつけるのか。
    そのどれもが中途半端に終わるとき、内側には説明のつかない熱が残る。
行き場のない衝動、言葉になりきらない違和感。
そうした「止むに止まれない内なるマグマ」こそが、生の実感なのかもしれない。
    ある者は、SNSという場にその圧力を解放し、断片的な言葉として噴出させる。
ある者は、起業というかたちで意思を外部化し、社会の中に新しい回路を実装しようとする。
どちらも、内なるマグマの別の現れに過ぎない。
    そしておそらく重要なのは、そのマグマを消すことではなく、どのような形で外界と接続させるか、という設計の問題なのだと思う。
    社会に適応することも、社会を変えようとすることも、認知を書き換えることも、本質的には同じ一つの運動の異なる位相にすぎない。
内側から湧き上がるものが、どの層に作用するかの違いでしかない。
    だとすれば、自分に問うべきは単純になる。
この衝動を、どこに接続するのか。
どのレイヤーにおいて、現実と結び直すのか。
    無理に均す必要はない。
むしろ歪みのまま、適切な出口を与えるほうがいい。
発酵のように時間をかけ、熱を保ちながら、形を変えていく。
    その過程そのものが、生きるということなのだと思う。