見城徹見城徹 しかし文壇への本格的なデビューは思わぬことから果たされる。1980年に情報センター出版局の編集者が、糸井重里にプロレスのエッセー執筆を依頼。しかし糸井は自分の知っているプロレスフリークの編集者の方が面白い、と村松を紹介した。編集者から話を聞いた村松は気楽な気持ちで執筆、更に会社の人間は読まないだろうと先述のペンネームを使わず本名で『私、プロレスの味方です』を出版。本人の予想外のベストセラーとなり、続編『当然プロレスの味方です』も執筆することになった[10][11]。続けて『野性時代』の編集者見城徹の勧めでに発表した「セミ・ファイナル」と「泪橋」が、相次いで直木賞候補となる。1981年、専業作家への転向を決意して退職[5]。直後の1982年に『時代屋の女房』で第87回直木賞を受賞[5]。この作品は映画化もされて話題となった。
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Wikipediaより
ひふみのトーク
トーク情報ひふみ - ひふみ
ひふみ 見城さん、 私の拙文をお読みいただき、リトークしてくださり、本当にありがとうございます。いつもいつも感謝しております。
見城さんが担当された2作品が連続して直木賞を受賞されたこと、改めてとてつもなく凄いことだと感じました。 さらに、村松友視さんが受賞スピーチで見城さんへの感謝を述べられていたことも、とても素晴らしくて胸を打ちました。
ハワイから素敵なお写真をアップしてくださり嬉しいです♡。お食事のpicもファッションコーデも魅力的で楽しく拝見してます。シャープなカーフのライン(ふくらはぎ)は、まさに見城さんの代名詞ですね🤭
たくさん充電されて、どうぞご無事にご帰着くださいませ。お帰りを待ちしております。 ひふみ 見城徹見城徹 吉本隆明
『明日になつたら』
明日になつたら
辛い夢のなかに
蕀がひつかかつていないかどうかを
たしかめよ
きみはすでに
罪人の罪よりもすこし重く
罪人の衣裳よりもすこしみすぼらしく
あまたの時を過ぎたのだから
もしも 夢みた世界が
こないうちに
ちいさな恋のいさかいで倒れたら
きみと少女の骨を
戦士がとおる路に
晒せ
あまたの若い戦士たちは
まことともうそともわからぬうちに
すでに孤独な未来へ
ゆくのだから
もしも 大事のまえに
ちいさな事がまちぶせていたら その
ひとつひとつに花燭をともし
あたりの悪かったものに
微笑を 耐えられずに死んだものに
花飾りを
ほどこせ
きみはすでに
罪を世界におい
安息を戦士たちの肩から
盗んでいるのだから
明日になったら
辛い夢のなかに辛い夢をきずき
孤独な戦士よりも孤独な未来へ
きみもゆけ
すでに戦士たちはためらい
きみは待たれているから- ひふみ
ひふみ 吉本隆明著[共同幻想論]を読んだのは、10年前のこと。755を始めた頃、見城さんに出会ったからだ。読んだなんて烏滸がましくて、理解不能で単になぞる程度のものだ。
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「対幻想だけが共同幻想を突破できる」
小説[二人の嘘] (一雫ライオン著)を読んだ時、不意に紐解けた。
堅牢な扉が少し開いた。
見城さんの言葉をお借りするなら、
「恋愛は時として共同体の倫理や道徳、法律や常識を軽々と突破する」(2018/3/28 より)
…………………
吉本隆明の詩集を読もう。
今夜そう思えた。
ずっと、
私には不相応だと思っていたけれど…、
時間は有限で、
命に限りがあるからこそ、
「知的冒険の白眉」その美しさを感じたい。
