ログイン
詳細
Shintaro

秋葉原駅の電気街口を降りてすぐのところに、一軒の花屋がある。彼は、劇場に行く前にそこへ立ち寄ることが、日課であった。赤いバラ、黄色いバラ、オレンジのバラ、ピンクのバラ、とバラだけでも色の種類が豊富で、ステンレスのバケツの中に溢れるほど入れられた花たちを見ていると、心が一瞬明るくなり、ああ、やはり花は人の心を明るくさせるものだな、と感じられるのであった。 彼は、長考した後、黄色い向日葵、白いガーベラ、青い小花、ピンクのスイートピー、赤いバラを一輪ずつ取り、花束にした。 アトレを出て、秋葉原UDXの方へと歩く。右手にAKBカフェ、ガンダムカフェがあり、左手にパン屋とコーヒーカフェがある。駅前の広場には、人が多く、勧誘をする宗教家やストリートライブをする夢追い者、ビラ配りをするアイドルの卵、テレビのレポートをするメディアなど、様々な人がいる。交差点で信号を待つ時、隣にいる人と自分とは、同じだろうか違うのだろうかとふと思う。なぜかは、わからないけれど。 信号が青になった途端、彼は早足になる。歩道に沿い、道路を一本渡り、ラーメン屋の前を通り、ドン・キホーテへと向かった。もうすぐ始まる。彼の最も会いたい相手は、秋葉原ドン・キホーテの8階、AKB劇場にいた。 彼は劇場へと走った。 花束を抱えながら。

次へ
シアターの女神 Goddes of the theater
トーク情報
  • Shintaro
    Shintaro

     スポットライトは、彼女を照らしていた。彼女は、ステージに立っていた。まだ、お客さんは、いない。開演40分前。
    私の一番好きな場所が、もうすぐお客さんでいっぱいになる。そう思うと、リハーサルにいっそう力が入った。彼女にとって、この劇場という場所は、全てだった。
     メロディーが、聴こえる。マイクを構える。目を閉じる。息を吐き、そして、吸い込んだ。音に、声がのる。私は、歌う。頭の中から曲の世界観が溢れてきて、私の目はその世界を見ている。同時に、客席を見る。今日は、どんな人が来るのだろうか。お立ち台には、誰が来るだろう。ふと、そんなことを考えた。世界観をイメージするのと、客席を見るのと、同時に2つのことが、彼女の中で成されていた。どうしてそんなことが出来るのか、理屈で考えれば成り立たないかもしれない。だが、感覚的に行われていることなのだ。歌の世界観を届ける。私たちの表現を通して、感動を共有したい。彼女には、そういった思いがあった。
     彼女の思いは、本気であり、彼女は、魅力的だった。人を惹きつけてやまなかった。彼女の表現には、完成がなかった。いや、完成をしているのに、奥へ奥へと行くようであった。何より、劇場公演を愛していた。誰よりも情熱的に。
     劇場のステージに彼女は、立ち続けた。誰よりも劇場公演を愛し、ファンの心に寄り添い、誰かに元気を与える存在になっていった。彼女を見るファンたちから、楽曲になぞらえ、いつしかこう呼ばれるようになった。いや、曲が存在していなくても、文字通り、それがぴったりくる言葉だった。


    シアターの女神。