ログイン
詳細
てんあつ

許してもいないし、許されてもいない。 まして許されようなんて厚かましい。 憎たらしい人間の顔が浮かぶ。腸が煮えくり返る。胸の中でメラメラと燃え上がる炎。でもその炎に薪を焚べているのは誰だ?自分じゃないか?そう思い始めて、焚べるのを止めた。もう何も無い。灰も流れて行って、もう本当に何も無い。 ただ時間という、風が流れて行った。 心が運動した証拠だけが残った。これで良しと自分に言ってやった。 虚しい。と思える貴重な時間を過ごした。 それだけのことだ。これでいいのだ。 さあ、朝の敬礼を。 皆さん、おはようございます。

前へ次へ
Give it Time.
トーク情報
  • てんあつ
    ヤスナガヤスナガ

    見城さんへ。

    「見城徹」のことは私も含め皆が好きです。これは、揺るぎもない事実です。また、見城さんが、有象無象の無名のユーザーに真剣に一人一人と真正面から向き合って頂けたことも事実です。


    ここからは私が課してきたことです。「自我を持って素直に闘う」。「自我」です。
    勘違いされる方がいますので前置きします。「自我」と「自己中心的」は全く違います。「自我」を持って一度闘ってみてください。「自我」の意味がわからない人は、一度、言葉を調べてください。闘っているうちに壁が現れるでしょう。自己中心的に闘っている人にも壁が現れるでしょう。しかし、後者の壁はたいしたことありません。この闘いこそ「正面突破」の第一歩だと私個人は考えます。

    見城さんは、その「自我」と日々、闘ってこられた。これがどのような闘いか想像を絶しますが、これは、今までの文章に表れていると思われます。実生活もそうですが、SNSの世界でも「自我がある人」「自我がない人」「二面性がある人」「言葉足らず」な人が山ほどいます。見城さんは「自我」なんかない。と言われるかもしれませんが。しっかりお持ちです。未熟な私にも、ビンビンと伝わってきます。


    今回は、「自我」がある人が少なかったのでしょうかは、わかりませんが。私の受け止め方が間違っていたのかもしれません。自我がある人の文章は、「うーん、わかるよー」の共感ではなく、心の奥底に沁み渡ってくるのです。程のいい言葉も、自我が感じられなければ透けてしまいます。ふざけて書いていても、自我のある人は、心に沁みます。心を鍛えていますから。それを見抜けるかは私もまだまだですが、間違いはなかったと自分に言い聞かせています。


    もう一度、言います。「自我」と「自己中心的」は別物です。「自己中心的」だと思っている人は、そんなもんさっさと捨てて下さい。積み重ねていれば、自然とアナタが中心にいるはずです。


    さむさん。お言葉をお借りします。

    言葉は人を...........
    行動は生き様を...........

    この後は、各々で答えを見つけて下さい。必ずその人なりの答えがあります。




    見城さん、大好きです。

  • てんあつ
    見城徹見城徹

    ⬆︎ 「自我を持って素直に闘う」。いい言葉ですね。僕は「たたかう」と書く時「戦う」としか使いません。今回のトークからそう決めました。しかし、自我を持って「たたかう」なら「闘う」ですね。自我は自分の内部との「たたかい」だからです。自我を言葉で表現しようとする時、人生は始まります。僕はそう考えています。ヤスナガさんの文章で益々それは顕在化しました。
    「自分が中心にいたい」自意識過剰な方にに申し上げます。
    自意識は貴方を最終的に滅します。自意識の根源にあるのは劣等感や嫉妬、羨望といった負の感情だからです。

  • てんあつ
    てんあつ

    ↑2016年10月~見城さんのご投稿より。

    今日の見城さんの過去トークからのリトークは以上になります。
    おはようございます。

  • てんあつ
    てんあつ

    何だかこの頃の見城さんの言葉は今の自分にもグサグサと来ます。
    当時も拝読させて頂いているのに、今も尚とっても新鮮です。見城さんの言葉は鮮度が落ちません。

  • てんあつ
    てんあつ

    デニーロ。僕も大好き、デニーロ。

    特に悪役を演じている時であの笑顔は強い。笑顔で人を殺せるヤツ。めっちゃくちゃ悪いヤツに思えるから大好物w破顔一笑という言葉があるけど、破顔一撃だ。
    映画[アンタッチャブル]のデニーロアル・カポネも僕的には良かった😊

  • てんあつ
    てんあつ

    ↑佳い話。
    この話で何となく思い出したのが、さだまさしさんの[雨やどり]という曲です。
    縁は異なもの味なもの。不思議だなあ!?と思わせてくれる素敵な歌です。

  • てんあつ
    てんあつ

    今の曲はほとんど聴かないので解りませんが、昔というか昭和の歌の歌詞ってどこか文学的で短編小説のようですよね。詩情にも溢れた歌が多いとも感じますし。これはやはり作り手が紙の本を読んで来たかどうかなんじゃないのかなあ!?と思っている次第です。