絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる 幻冬舎「栄光のバックホーム」で映画製作に参入 ハイリスクでも挑戦:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC272VX0X20C26A1000000/?n_cid=dsapp_share_ios - 死ぬために生きる
死ぬために生きる 常識を破り、ルールとゲームを作る。
そして、それが王道となり常識になれば、また常識を破り、新たなルールとゲームを作る。
見城さん、秋山監督、ご関係者の皆様が、ハイリスクという薄氷を踏み抜き、熱狂し、圧倒的努力したからこそ、観客動員数129万人超、興行収入17億円超という鮮やかな結果になったのだと存じます。
見城さんのお言葉、ご著書、作品は、見城さんが闘争し、傷つき、血を流して獲得してきた本物だからこそ、人の心のど真ん中を貫く。
だからこそ[栄光のバックホーム]も、単なる映画の枠を超えて多くの人を感動させる。
「文芸元年3月25日。幻冬舎は歴史に新しい楔を打ち込むことができるでしょうか」
見城さんが文芸元年3月25日に世に出された[闘争宣言]の最後の一節。
見城さんはずっとこうして生きてこられたのだ。
きっと幻冬舎filmも、歴史に、世界に楔を打ち込み、新たなルールとゲームを作っていく。
同じ時代を生き、伝説の物語をリアルタイムで目撃することができる。
僕にとってこの上ない喜びです。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる ![投稿画像]()
今日は祖母の祥月命日。
両親が共働きだったため、僕は幼少期の大半を祖母と過ごした。
サッカーに連れて行ってもらい、ご飯を作ってもらい、おねしょをすることも想定済みで一緒に寝てもらっていた。
そんな祖母も晩年は脳梗塞で身体が動かなくなり、亡くなるまでの10年ほどを特別養護老人ホームで過ごした。
祖母が亡くなったのは僕がプロサッカー選手として活動する1年前。
何も返せなかった。あの日ほど自分自身の腑抜けた人生に後悔した日はない。
こんなおセンチなことを書いている。僕はまだ祖母離れできていない。もっと言うと母離れもできていないかも知れない。
そんな祖母の誕生日は11月12日。
きっと偶然だが、必然と思いたい自分がいる。
僕の人生は、情けないことにどこを切り取っても敗者の物語。もちろん勝ちに越したことはないが、圧倒的に敗者の凱旋をしたい。自分や自分が愛する者への義理は通して死にたい。死ぬ時に微笑したい。
祖先の墓は故郷の山の中腹にある。いつも暖かくて冷たい風が吹いている。
投稿するかを悩んでいる間に、見城さんと箕輪さんの[敗者の凱旋]についてのご投稿が。
それでもなお敗者の凱旋という言葉を使った投稿をしてしまう僕の傲慢さと抑えきれない自意識。お恥ずかしい限りです。


