絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる どうなるかはわからないが、サッカーはどれだけ続けたとしても残り1年。
中途半端に生きてきてしまったから、僕は何者でも無いし圧倒的に敗者なのだが、3歳からサッカーを始めて27年、僕の生活の中心にあったものがあと1年で終わると思うと、なんとも言えない気持ちになる。
絶望しきらないと終われる訳がない。やはり終わりや死こそが全てだなと感じる。
年始に今夏での移籍を決め、3,4ヵ月はウエイト多めで増量し、5,6月からランニングやスプリント、実践的なトレーニングを増やして身体を絞るプランを立てた。
しかし2月頭に久しぶりに両肩が外れたため、それ以降はウエイトを控えて自重で増量することに決めた。
ウエイトで高重量を扱うと、肩から「プシュッ」と音が立ち関節が潰れるような感覚になった。
ちなみに両肩は、10年前にアーノルドプレスで扱えない重量のダンベルを上に上げた際、ダンベルを持ったまま堪え切れずに肩が後ろに抜けたのを機に、定期的に外れている。今回は寝返りを打っただけで外れた。
よく外れるので慣れてはいるのだが、カンボジアにてバイク事故で吹き飛んだ時は本当に終わったと思った。
外れてもとにかくケアして強化し、なんとかやっていくしかない。
肩だけではなく、軟骨がほとんど無くなっている左膝も、3年前の試合で靭帯が切れてから痛みと違和感が消えない右肘のも、キックボクシングの試合から謎の痛みが消えない右足の親指と鼻も、全身の痛みがふとした時に暴れ出す。
全て自分の準備不足、ケア不足。身から出た錆だ。
しかし肩の状態が良くなり、違和感も無くなったので、昨日は筋力や筋量を確認するために約4ヵ月ぶりのウエイトへと向かった。
体組成計で身体を測ると体脂肪も増えていたのだが、筋量も増えていた。また、ベンチプレス、デッドリフト、スクワット、これらの最大重量が10kgほど増えていた。
ウエイトを続けても最大重量を増やすというのはすごく難しいことなので、自重でここまで数値を伸ばすことができた僕なりの理論と、トレーニングを続けてきた自分自身に対して少しだけ自信が持てた。
結局のところ受苦や受難の先にしか本当の情熱は無い。肩が外れたからこそ身体についてより深く考えられた。
肩が外れて良かったとさえ思う。
そんな中、あるクラブから獲得を検討しているとの連絡が届いた。
こんな連絡には慣れており、検討だけで終わったり、条件交渉まで行って決裂することも多いのだが、僕も興味を持っていたクラブだったので、一気に熱が高まった。
この熱量で毎日やれていない、生きられていない自分自身の愚かさに落胆するが、この熱だけは事実で、この弱さが僕なのだと思う。
しかし、もしそのクラブに行く場合は、残り1ヵ月ほどで身体を絞り切り、万全のコンディションにしなければいけない。
2ヵ月でコンディションを作ろうと考えていたので、僕の中の概念を壊し、本当に突き詰めてやる必要がある。
ボールタッチやサッカーの感覚を戻す必要があるし、50m、1,500m、12分間走など、様々な数値を前シーズンの数値以上にしなければいけない。
体重で言えば、筋量や筋力をなるべく維持したまま-4kgが必須になる。
考えると憂鬱になるし、身体以外のこともやらなければいけないことがたくさんある。
しかしできるかできないかではなく、やるしかないのだ。ただただ一日一生。それしかない。
目を背け、背を向けるとそれらに追われる。倍以上に重荷となる。
今追い込まれているのは、僕が逃げ、人生を甘く見積もっていたからだ。
誰の元にも、誰の上にも、きっとチャンスや運や縁は流れている。
それに気付けるか、それを掴めるかは、日々努力できているか、やれているか、準備できているか。
実践者にしか何かを手にすることはできない。
できなかったらそれまで。
過去を恥じることも悔いることも少なくないが、僕には今しかない。
不甲斐なくても、ダサくても、無様でも、僕なりの敗者の凱旋を。
正面突破!



