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死ぬために生きる
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[こうやって、 僕は 戦い続けてきた] 敬服する人生の大先輩、師に薦めていただき、この本と出会った。 著者である菊池雄星さんは、メジャーリーグで日本人左腕歴代最多勝を挙げている、誰もが知る大投手。 そんな凄いアスリートが、ライターを挟まずに自分の言葉で13万字を書き上げている。正確な言葉の重要性が身に染みる。 アスリートやスポーツの文脈で勉強になるのはもちろんのこと、それ以上に菊池雄星さんの言語化能力の高さと思慮深さに驚かされる。 引用される数多のことわざや名言、菊池雄星さんのユーモアあふれるメタファーがあることで、77の習慣がスッと頭と心に入ってくる。 恐らくものすごい量の本を読まれていて、その後に自分自身との闘争を経て正確な言葉を獲得し、肉体化している。 単なる1アスリートではない。魂のコンテンダーであり、魂のアスリートなのだ。 自己嫌悪、人として真っ当に生きる、誰にでも平等である、小さなことや細かいことにクヨクヨする、人生の王道がつぶさに感じられる。 これらも菊池雄星さんが闘争の末に掴み取って自分自身に染み込ませてきたものだ。 フィジカルやトレーニングの部分に関しても勉強になることが多かった。 一端のアスリートとして、トレーニングやコンディショニングの知識にも驚いたが、なによりも徹底することの重要性を教えていただいた。 身体に関しても、正確な言葉で極限まで肉体化している菊池雄星さんの教えは、アスリートのみならず全ての人にとって有益である。日常生活において役立たないはずがない。 菊池雄星さんにしか書けない。 言い回しや引用の豊富さ、説明する言葉の正確さから、文章や言葉が生き生きとしている。 シンプルに発見と感動がある。 アスリートが上梓する自己啓発書はある程度読んできた自負があるが、ここまでのめり込み、肉体化したいと思った1冊は、長谷部誠さんが2011年に幻冬舎より上梓された[心を整える。]以来だ。 文字のフォントや色が似ていたことも[心を整える。]を思い出す一助となっただろうか。 本田圭佑に熱狂しながら、本田圭佑とは真逆のように感じられた長谷部誠の言葉に頭をもたげた高校時代を思い出した。 僕が出た高校は野球が強かった。 暇があっては野球部に属する同級生の掌にある血豆を触り、圧倒的な素振り、捕球や投球の量を想像しては、いつも刺激をもらっていた。 血豆は、できた当初は血や膿を伴い、強烈な痛みを感じる。しかし治る頃には、血豆ができる前よりも、ずっと強く硬くなっている。 菊池雄星さんが幾度となく作っては乗り越え続けてきた心身の血豆に、少し触れられたような気がする。

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絶望しきって死ぬために
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    死ぬために生きる

    見城さんが麻布十番[Ropp]にて飲まれたワイン

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    フィリップ・ルクレール ジュヴレ・シャンベルタン レ・カズティエ 2015

    ミラヴィ グラン・クリュ

    フローラン・ガローデ ピュリニー・モンラッシェ ヴィエイユ・ヴィーニュ 2023

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    死ぬために生きる

    見城さんが[オルクドール青山]にて昨夜飲まれたワイン

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    ブシャール・ペール・エ・フィス コルトン・シャルルマーニュ 2019

    ルフレーヴ ピュリニー・モンラッシェ レ・フォラティエール 2008

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    死ぬために生きる
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    [ひつじ探偵団]を観た。
    「認識者」となり、さらに「実践者」になること、苦しまなければ生きているとは言えないということ、この2つがテーマだと僕は捉えた。
    一見難しそうな大切な内容を、わかりやすく、可愛く、リズミカルに伝えてくれた素晴らしい映画だった。
    羊の習性や世の中の羊でのポジショニングが見事にストーリーと交わり、羊にまつわる諺なども小気味よく登場する。
    シンプルにヒュー・ジャックマンがカッコ良すぎるし、推理物としても純粋に面白かった。

    いつ死ぬかはわからないが、死ぬ時に振り返る僕の映画遍歴は、きっと[栄光のバックホーム]以前、以降に分けられる。
    以前から映画はよく観る方で、家でも暇さえあればPCなどで映画を観ていたのだが、[栄光のバックホーム]に出会ってからは映画館で観ることが増えた。
    その点においても、[栄光のバックホーム]に出会えたことは僕にとって途轍もなく大きい。

  • 死ぬために生きる
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    映画は本当に素晴らしかった。
    しかし僕は苦しみながら映画を観ていた。
    [ひつじ探偵団]の舞台はイギリスの田舎町。
    その田舎町の空気や雰囲気の解像度が高く、住んでいる人や動物達の感じも異様にリアルだった。
    僕の足りない頭では英語が全て聞き取れるわけではないが、イギリスの地方特有の話し方やイントネーションも凄まじかった。
    僕は19歳をイギリスで過ごし、その後もイギリスに戻るためにアイルランドからチャンスを伺っていた。それくらいにはイギリスに愛着がある。
    生活はロンドンの外れの方でしていたのだが、一時期僕を受け入れてくれていたクラブが地方にあったため、練習や試合のために頻繁にイギリスの田舎町を訪れていた。
    街の人の温かさや差別、小さなスタジアムに飛び交う賛美と怒号、喝采と中指、街の人が一堂に集うパブの美味いビールと不味いフィッシュ&チップス。
    毎週結果を残すと意気込んでナショナル・レール(日本で言う特急)に乗り込むも、帰りは自分のプレーの不甲斐なさに情けなくなりながら車窓を覗き込む。
    その時に覗き込んだ車窓からは、雄大な丘で自由気ままに暮らす羊や馬をたくさん見ることができた。[ひつじ探偵団]の景色そのままだった。
    あの時の自分のできなさ加減、至らなさ、狭量さが蘇り、心臓を爪で引っ掻かれているような感覚に陥った。
    イギリスだけではない。全国各地、世界各地で生活していた時のことを思い出すとこの感覚に陥る。だからその愛すべき思い出の地へまだ赴けない。
    千駄ヶ谷にもまだ行けない。
    今を熱狂していないから過去も未来も怖い。このままだと5年後10年後に今を振り返った時、きっと同じ感覚に陥る。
    今が一番若い。苦しさや絶望を慰めてくれるのは今の熱狂と圧倒的努力しかない。
    観て良かった。