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死ぬために生きる
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[ひつじ探偵団]を観た。 「認識者」となり、さらに「実践者」になること、苦しまなければ生きているとは言えないということ、この2つがテーマだと僕は捉えた。 一見難しそうな大切な内容を、わかりやすく、可愛く、リズミカルに伝えてくれた素晴らしい映画だった。 羊の習性や世の中の羊でのポジショニングが見事にストーリーと交わり、羊にまつわる諺なども小気味よく登場する。 シンプルにヒュー・ジャックマンがカッコ良すぎるし、推理物としても純粋に面白かった。 いつ死ぬかはわからないが、死ぬ時に振り返る僕の映画遍歴は、きっと[栄光のバックホーム]以前、以降に分けられる。 以前から映画はよく観る方で、家でも暇さえあればPCなどで映画を観ていたのだが、[栄光のバックホーム]に出会ってからは映画館で観ることが増えた。 その点においても、[栄光のバックホーム]に出会えたことは僕にとって途轍もなく大きい。

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絶望しきって死ぬために
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  • 死ぬために生きる
    見城徹見城徹

    作り手の人生を映し出してワインは出来上がる。そのワインを選んだ人の人生を映し出してワインは飲まれる。人生と人生の芳醇な交錯。作るも人。選ぶも人。飲むも人。ワインは人生のダイナミズムそのものだ。だからワインは胸に沁みる。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    ↑ 美しすぎる。
    ワインは人生のダイナミズム。
    僕がなんとなく、ぼんやりと考えていた「ワイン選びには人が出るよなあ」という淡い考えが、見城さんのご投稿により醸成された。
    見城さんはワインの境地にいる。
    即ち、見城さんは人生の境地にいる。
    見城さんにご会食のお料理や飲まれたワインのお写真をご投稿いただき、それらを通して僕たちは見城さんの生き様を見せていただいている。
    こんなに光栄で幸せなことはない。
    朝から胸を打たれた。
    午前のトレーニング中も見城さんのご投稿が頭から離れなかった。
    僕にはまだまだ解りきることができないワイン、人生のこと。
    もっともっと勉強し、実際に飲んで血肉としなければ意味がない。
    実践しなければ意味がない。
    しかしまだまだ多くは語れない。
    一日一生、今と毎日を生ききるしかない。
    そうでなければ、ワイン、人生との芳醇な交錯はできるわけがない。
    素晴らしいワインに出会う資格すら無い。
    今日も見城さんに、755に心を救われてあと半日を生きる。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    似たようなフォーメーションなのと、互いに予選突破はほぼ確実なので、やりづらそうではある。
    序盤は互いにロングボールが多くなったものの、徐々にオープンになり日本がボールを持ちつつ、スウェーデンが引きつつシンプルに前を目指す。
    日本は前田選手、上田選手、堂安選手の動き出しがあるがもう少しそこに連動した動きが欲しい。
    もっとポジションを捨てて掻き乱してもいい。
    あとはやりきっていればカウンター以外に崩されることはなさそう。
    しかし少し間延びした中で攻めに出て喰らうカウンターは怖い。スウェーデンの中盤が良いタイミングで持てると前の動きも生きる。
    あとはセットプレー。
    日本が集中して守れているものの、スウェーデンは上背があるので、回数は減らしたい。
    どれだけ集中していても何かが起きるかも知れないのがセットプレー。

    鈴木選手の安定感、誰が出てもクオリティを保てるDF陣、急なタイミングで交代で入っても平然とチームを統率する谷口選手。急な途中出場、特に大きな試合では本当に試合に馴染むのが難しい中で、これだけのプレーをするのは凄まじい。
    田中選手は全体の流れや雰囲気を見て緩急をつけられるし、かなり守備で戦える。
    堂安選手もあまりいい形でボールを持てていないものの、持っていない時の動きが秀逸で相手が攪拌されている。ウイングバックをやっていたため守備の意識がものすごく高くなっている。
    上田選手はこのレベルでもキープできる。
    前田選手のスピードは唯一無二。身体が非常にキレている。

    このグループではオランダが1位抜けしそうなので、2位抜けだとブラジル、3位抜けだとフランスが基本路線。
    選手達は勝つのみだと考えていると思うが、個人的にはフランスの方が怖い。
    オーガナイズされた組織があり、その中で破壊力と美しさ満点の個が爆ぜている。

    もう少し試合は動かないと思いつつ、互いに隙が全くない訳ではない且つ、試合展開が裏返った時に事故的にオープンになって何かが起きる可能性は高そう。
    0-0は無い気がする。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    前田選手!
    こんな大舞台で、ヨーロッパの国相手に、こんな素晴らしい崩し!
    堂安選手の素晴らしいフリック、上田選手のキープと意表をつく落とし、前田選手の素晴らしい斜めへの動き出し、堂安選手の素晴らしいダイレクトのスルーパス、前田選手のナイスタッチからのナイスゴール。
    唖然!!!

    しかしゴールの後は試合に動きが出る。
    そしてできれば勝ち点が欲しいスウェーデン、

    と打ってる時にエランガのナイスミドル。
    お互いに1-1でもトーナメント進出は固い。
    がしかし、試合はやはりオープンに。ここからどうなるか。
    いい雰囲気でトーナメントへ。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    勝者には何もやるな。
    敗者には凱旋を。
    この2週間、見城さんのお言葉を常に意識していた。
    常に意識し、死ぬために生きた。
    きっと、何もいらない勝者と凱旋をする敗者には共通点がある。
    試合が終わる時、何かが終わる時に、自分に勝った、勝ってきたという事実だけが自分自身を満たす。
    生半可ではない、自分自身との格闘の先のもの。
    戦う相手、比べる相手がいると、必然的に勝者と敗者に分かれてしまうが、そんなものはもう僕には関係ない。
    相対的ではない、僕の絶対的なもの。
    努力不足と勘違いが故に、僕はワールドカップには辿り着けなかった。かすりもしていない。
    僕はもうサッカーにおいて勝者にはなれない。
    サッカーの祭典が僕のダメさ加減を炙り出す。
    もちろん勝つに越したことはないが、僕に残された道は敗者の道。
    しかし負け方は選ぶことができる。
    絶望ではなく、絶望しきることはできる。
    どれだけやってもゴールは地獄。
    裂傷を負い、地を這いながら地獄へと向かう。
    魂のハードワーク。盛大に爆ぜる。盛大に散る。
    敗者の凱旋をするその足で残りの人生に踏み出せなければ、僕は絶対に死ぬ時に微笑できない。
    毎日が勝負。自分との格闘。
    無様に生きる!死ぬために生きる!
    押忍だ。

  • 死ぬために生きる
    見城徹見城徹

    ↑ 誰もが敗者だ。勝者は一瞬、敗者は日常だ。自分の胸に誓って凱旋出来るか?
    戦い切って死ねるか?地獄を這え。無様に眠れ。敗者が凱旋するその日のために。
    敗れざる者よ。絶望の果てに孤独なる戴冠を!最期の日。他人も世間も関係ない。自分の価値は自分で決める。敗者の凱旋。
    微笑みながら消えてゆく。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    ↑ 見城さん、リトークとご投稿いただき有難うございます。
    涙しながら読ませていただいています。
    慰撫され、鼓舞され、心が必要な場所へと戻されます。
    755でのご投稿はもちろんのこと、見城さんのご著書、幻冬舎plus[オンリー・イエスタデイ]、様々なメディアでの見城さんのご発言を読んでは、感動と刺激をいただいています。
    仕事や作業は見城さんがご出演の動画を観ながら行っています。
    僕は見城さんにおかされ、本当の意味での人生が始まりました。
    本当に有難うございます。
    一日一生。今日も死ぬために生ききります。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる
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    この3冊と共に1泊2日の旅に出る。
    この旅は2週間前から決めていた。
    この2週間をやり切れればと。

    午前は1つ目のトレーニングをしてその後に往復50km弱の道のりを自転車で向かい、知り合いが営む葡萄園のお手伝いをする。
    それを終えると午後は2つ目のトレーニングをして仕事と必要な作業を行い、風呂かサウナに入る前に3つ目のトレーニング。
    これを2週間やりきった。

    勝者には何もやるな。
    敗者には凱旋を。
    ただただ毎日を生ききった。
    この後様々な歪みは出るかもしれないが、本来2ヵ月で落としきるはずだった体重は、2週間程でほとんど元に戻った。
    その上筋力と筋量はほとんど変わらないので、身体作りにおいてポジティブな発見であったし、自分の中の概念や常識みたいなものを取っ払えたのは大きな収穫だ。
    スプリントや中長距離のタイムも戻るには戻ったが、この数字とサッカーの感覚は残り2週間で徹底的に仕上げる必要がある。
    ピッチに戻るだけでは意味がない。進化するしか生き残る道はない。
    史上最高の状態の僕で、絶望しきって引退する。

    誕生日は父に殴られた。
    誕生日に実家にいることがなかなか無いので、これを機に父の死に際や家の今後について話し合いたかった。
    ずっと避けてきたが、僕にとっては父が抱える問題からこれ以上目を背けることはできなかった。
    自分で幾許かのワインと料理を用意して席に着いた。
    互いの近況について話しつつ、話は本題へ。
    どうしても父にとって痛いところをつかねば話は進まない。
    段々と父の言葉の語尾が荒くなり、声は怒号へと変わり、そして怒号は拳へと変わった。
    ただただ頬で拳を受けた。
    今でこそ冷静にこんなことを書けているが、僕もお酒が入っていたためにその直後はむしゃくしゃとしていた。
    いや、情けなさと悔しさをどうにもすることができず、救われたかったのだと思う。
    僕は気付けば信濃川の橋の欄干にいた。
    そんな時に浮かんできたのは母や友人。
    見城さん、ミノさん、755。
    僕と誕生日が10日しか変わらない横田慎太郎さんが生ききった[栄光のバックホーム]。
    そして全くやりきれていない僕の人生のことだった。
    僕は折り合いをつけられなかった。
    微笑みと共にする以外の死を拒んだ。
    仮に飛んでいたとしても、耐えられずにがむしゃらに泳いで川縁まで辿り着いてしまっていたはずだ。
    忘れられない良い誕生日となった。
    ある意味でこの日を境に死と生への欲求が高まり、なんだかんだで父の問題もしっかりと聞けたことで次なる対策が見えてきた。
    ちなみに自衛隊上がりの父のパンチは腰が入っていて重たかった。
    ややオーバーハンド気味だったと思う。

    死ねない限りは生き続けるしかない。
    死以外はごまかし。死ぬために生きる。
    生は大河の一滴。僕だけが死んでいく。その時に微笑できるように。