礼二えもん礼二えもん17日前人間山頭火を観て下さい、俳人とか禅宗坊主とかいはないで僕より少し年上の時の種田山頭火のこの記述は僕の指針になる。僕は山頭火ほど高潔ではないので作家としての成功にこだわる面がある。が世間に認められる立派な肩書きを俳人としての自分にこだわりながらも捨てた山頭火はめざすべきヒーローだ
礼二えもん礼二えもん16日前私は買いかぶられるよりも見下げられる心やすさをよろこぶ私はどんなに見下げられても平気だ、私は人間として無能無力であることを自覚しているから、何のねうちもない自分であることを悟っているから種田山頭火のこの言葉も俳人の肩書きを拒否してて作家の称号にこだわる自分を超える指針になる
礼二えもん礼二えもん16日前種田山頭火は買いかぶられるのが苦手で見下げられるほうが心安いと思ってたが見下げられるのを快く思えないことも少しはあったらしい。だが晩年になると自分の愚かさを知りぬいてるからとそれをさらに超えた境地に入っていると感じる。俳人として認められてゆくのとは逆の境地で僕もそれをめざす。
礼二えもん礼二えもん16日前種田山頭火は尾崎放哉とともに自由律俳句の代表的俳人として現代では知られるがただの偶然かそれとも何となくそれを予見したのか買いかぶられて面白くなかったと日記に書いたその日に大空放哉伝という尾崎放哉についての本を読んでる。自分は人から評価されるべき人間じゃないという境地へ僕もゆく。
礼二えもん礼二えもん16日前大山澄太は種田山頭火の名を世に広めた功労者だった。だが山頭火は澄太が自分の良い面だけ見て悪い面に目をつぶってるとその姿勢を良く感じておらず澄太に笑顔よりムチを求めてる。山頭火が長生きしてれば存命中に澄太によって俳人としての成功があったかもしれないが本人はそれを望まなかっただろう。