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hpのトーク
トーク情報- 戸澤恵里
戸澤恵里 【読書日記】枯木灘/中上健次 天人五衰/三島由紀夫
2つの小説はいずれも人間の「虚無」を描いているが、その合間に、和歌山や清水の風景、いわば無限の風景が、まるで寄せては返す波のように繰り返し描かれているため、その景色を通じて、読み手はつど意識が無限大に広がり、「唯在る」感覚もまた心に残る。
豊穣の海において、三島が本多をして
「ベナレスで本多が見たものは、いわば宇宙の元素としての人間の不滅であった」
「死んで四大に還って、集合的な存在に一旦融解する」
「そこにあるのと、かしこにあるのと、全く同じことを意味する」
と言わしめているように、宇宙大(梵)の視点で輪廻転生を解釈すれば、大海の末端において波打ち際の白い水しぶきが現れては消え、現れては消え、を繰り返すように、人間は宇宙の末端を転がりながら生きていて、“唯その波が在る”ということにすぎない。
般若心経は
色即是空間髪入れずに空即是色と続く
色即是空空即是色
この双方向なる動的存在の全体こそが梵であり、2つの小説は、梵について敢えて仔細を語らずとも、その構成において色即是空空即是色の往来(人間の虚無と、宇宙の美)を繰り返すことで虚無の感と唯在の感をともに読み手に与えるのだろうと思った。
※漢字の入力ミスがあったため再投稿 - 戸澤恵里
戸澤恵里 【読書日記】「二十歳の原点」高野悦子
これほど完成された未完成があるだろうか。
未熟である自分の様態を、時に繊細に、時に大胆に、一寸のぶれなく言葉であらわす。
本来、自分が完璧だと思ったことほど、言語化はしやすいはずだ。だって“わかっている”ことの説明だから。
自分が未熟だと感じていることほど、言語化することは難しいだろう。わからない場合、たいがいは、何がわからないのかすら、わからない。
しかし高野悦子は、その難しいことを、やすやすとやってのけている。未熟であることを、こんなにも生々しく表現している。表現者として文章の抜群の切れ味に感服した。
一方、彼女が自殺したのは、必然の成り行きだろうとも思った。
失恋のせいでと解釈する向きもあるらしいが、私はそう思わない。
彼女が人間としての「完成」を目指していて(目指さなければならないと生い立ちから感じていて)この考えは、そもそも「生きる」ことと矛盾があるから、遅かれ早かれそうなったはずだ。
私たちは、「生きる」かぎりにおいて、永遠に完成しない。
エネルギーの法則をみれば、細胞のうごめきをみれば、不完全だからこそ、生命は存在できるのだ、ということがよくわかる。
不完全であるからこそ、極性の間で揺らぎながら、必死でその狭間におけるベターを選びとる必要が生じ、それゆえ常に「動」なのだ。
「完全」になったら、それはもうそれ以上変化の必要がないということ。
不完全であるのが自然なすがたで、そこを認めなければ生きられない。 - 戸澤恵里
戸澤恵里 【読書日記】吉本隆明氏の「共同幻想論」を読もうと試みたが、挫折。
以前、ユヴァル・ノア・ハラリ氏著「サピエンス全史」を読み、7万年前〜ホモサピエンスに起こった認知革命(虚構を信じることができたこと)が私たちを今日まで発展させた、とあったが、それは吉本氏の指摘するところの共同幻想に他ならない。
サピエンス全史が出版された2011年よりもずっと前に、こういう本が出ていたとは!
と吉本氏の本の前書きに鳥肌がたって興味深く読み始めたのですが、残念ながらぜんぜん歯が立たなかった。
文庫版のための序章において「できるかぎりの言葉のいいまわしを易しくした」とあったのに、直後の「国家は社会の上に聳える」の「聳える」(そびえる)がまず読めない自分に軽く絶望したときから予感はあったが、本論はまるで歯が立ちませんでした。
苦しくなければ読書じゃない、というけれど、今回は苦しむところにすら行けなかったな、という経験でした。