見城徹のトーク
トーク情報- 見城徹
見城徹 初恋の人の話をします。
中学2年の時、同じ清水市立第七中学校に入学して来た女生徒が気になって仕方なくなりました。廊下ですれ違う時、いつも沈鬱な表情をしているように僕には見えました。小顔。顔はくっきりとして、目がつぶら、肌が透き通っていて、量が多い緑なす黒髪。脚首がキュッと締まっている。
毎夜、彼女と僕の物語を妄想しながら眠りに就きました。胸に秘めた憧れ。一度も声をかけることもなく七中を卒業しました。
しかし、驚いたことに僕が進学した県立清水南高に1年後、彼女も入学して来ました。再び胸がざわつき始めます。叶わぬ夢と思いながらも卒業が迫ったある日、ラブレターを書きます。僕が初めて書いた手紙です。ありったけの想いを込めました。
思いがけず返事が来ました。そして、卒業式の日に校門で待ち合わせて海岸の砂浜を
三保の松原に向かって2人で歩きました。
初デートです。あれ以上の幸せは僕の人生で無かった気がします。4年間付き合った彼女を僕は僕の事情とエゴイズムで失いました。今でも彼女と過ごした4年間はかけがえのない日々として時々、胸に蘇ります。かぐや姫が歌う「神田川」が今も胸に沁みます。75歳になって、失ったものの大きさを思い知らされています。人は純情や純粋を失って狡賢い大人になる。彼女だけではなく、僕は大事なものを意図的に失うことを選んで今ここに在ります。
初恋の彼女ともう一度あの海岸の砂浜を歩きたい。取り戻せない人生のを噛み締めながら、三島由紀夫が[豊饒の海]の「天人五衰」で描いた三保の松原に向かって。 見城徹 見城徹見城徹 吉本隆明[少女]
えんじゅの並木路で 背をおさえつける
秋の陽なかで
少女はいつわたしとゆき遇うか
わたしには彼女たちがみえるのに 彼女たちには
きっとわたしがみえない
すべての明るいものは盲目とおなじに
世界をみることができない
なにか昏いものが傍をとおり過ぎるとき
彼女たちは過去の憎悪の記憶かとおもい
裏ぎられた生活かとおもう
けれど それは
わたしだ
生まれおちた優しさでなら出遇えるかもしれぬと
いくらかはためらい
もっとはげしくうち消して
とおり過ぎるわたしだ
ちいさな秤でははかれない
彼女たちのこころと すべてたたかいを
過ぎゆくものの肉体と 抱く手を 零細を
たべて苛酷にならない夢を
彼女たちは世界がみんな希望だとおもっているものを
絶望だということができない
わたしと彼女たちは
ひき剥される なぜなら世界は
少量の幸せを彼女たちにあたえ まるで
求愛の贈物のように それがすべてだそれが
みんなだとうそぶくから そして
わたしはライバルのように
世界を憎しむというから
