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トーク情報- しげ
しげ [【ホリエモンに激怒?】見城徹が人生で買ってよかったベスト3](箕輪世界観チャンネル。)
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遅過ぎる感想を申し訳ありません。
見城さんと箕輪さんの、前回よりさらに加速するお話に夢中になりました。
締め括りかな?と思うとそこから本題で、今までのお話で充分お腹一杯です!と前回と同じく思いました。
堀江さんの動画への、心無いコメントのお話。
ごく一部分しか見ていないと言う自覚があれば、行動に及ばないはずです。
しかし僕も、一部分だけで人を判断していないか、いや、している…と数々の場面が頭に浮かびます。
真っ白な人間も真っ黒な人間もいないはずで、それは自分も同じと、分かったつもりで行動出来ていないことに気付きました。
小さなことに心を込めるお話も同じです。
今後の約束をしておきながら、進捗が無いからと連絡していなかった方に、先ほど途中経過の報告をしました。
分かったつもりになっている、これに尽きます。
ホテルのジムの入会金の額に、そんな世界もあるのか…と驚くばかりでした。
一瞬の快楽のための散財を繰り返している僕など、全く及びません。
少しでも自己投資に繋がるものに、お金を、そして時間なども遣うようにします。
堀江さんの動画ももちろん、見るべき動画、読むべき本が、まだまだたくさんあります。
周回遅れに陥っていることを自覚しつつ、進めて行きます。 - しげ
しげ 現場に居合わせた訳ではありませんが、見城さんのご発言が正しいはずです。
心から尊敬させていただいていることはもちろん、24時間365日の真心のあふれる血をにじむご努力を考えれば、それは明らかなことです。
このように思えることに、改めて感謝するとともに、僕が行動に移せていないことを痛感します。
僕は目のチックやどもり、肺の疾患に人見知り…と、諸々を抱えています。
もはや仕方無いと受け容れていますが、周りに影響を与えていると分かっているつもりです。
チックなどは周りから、奇異の視線を受けることもあり、キツいことがあるのは確かです。
だからと言って、配慮しない周りが悪い!と考えるのは違うはずです。
もちろんいただければありがたいですが、どんな状況でも最善を尽くすしかありません。
どうしても無理なら、その場から離れるしかない…、僕も出来ていないことに気付かされました。 - しげ
しげ ![投稿画像]()
映画[栄光のバックホーム]。
6回目は、田端の映画館[CINEMA Chupki TABATA]でした。
上映が始まり、すぐにスクリーンのなかの世界に吸い込まれたことは、これまでも同じでした。
これに加えて今回は、目に入って来る1つひとつが、一斉に物語を訴えかけて来るように感じました。
高校野球の応援幕、部屋に置かれた目覚まし時計、鳴尾浜球場のホワイトボード、海に反射する陽射し、鹿児島の空…。
これらが在る本物の世界、そこに広がる本物の生き様を、6回目にしてようやく分かりつつある…のなら嬉しいです。
本物の生き様は、言うまでもありません。
演じるのでは無く、同じように生きた…とはこれまでも思いましたが、監督の秋山さんが、ご著書[奇跡のバックホームから、栄光のバックホームへ]でご紹介されている、数々のエピソードも次々に蘇ります。
芸能に表も裏も無いと、松谷鷹也さん始め出演の皆さんも、全員野球で制作に参加して創り上げる世界。
そこから本物が生まれることも、秋山さんが発し、皆さんが共有し続けている情熱を思えば、当然のことと思います。
終演後に外に出ると、これまで以上に世界が違って見えました。
同時に、菊池雄星さんのご感想にある「人生のホームベース」のお言葉を思い出しました。
僕が同じ言葉を並べるなど僭越も甚だしいですが、これからも生きるなかで、帰る場所はここなのだと強く思いました。
全力で生きているか、少なくともやるべきことをやっているか。
善良、正直、真心、誠実、感謝、謙虚を胸に刻み、また日々に臨みます。
横田慎太郎さんのご命日、7月18日には、全国の映画館で一斉に上映されます。
当日は伺えませんが、これが実現する興奮とともに、ご尽力された多くの方々には頭が下がります。
毎年続いて欲しいなどと無責任に思いつつ、今月末のDVD発売を楽しみにしています。
今回の映画館は、ユニバーサルシアターと銘打たれている館で、上映は日本語字幕付きでした。
小声や、大勢に埋もれていた声に気付けた場面もあり、より理解することが出来ました。
また先日より、秋山さんのコミュニティ[秋山純のシネマ同好会]に参加させていただいており、映画にご出演のメンバーの皆さんに注目しては、まるで身内のように思い入れを深めています。
これからも応援しています! - しげ
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[苦しくて切ないすべての人たちへ](南直哉・新潮新書)読み終わりました。
いま自分が生きていることも含め、この現実の全てはいつかは破れる。
それでも破れないと思いたくなるところに苦しさの根源はあると、仏道では説いていると言います。
生が終わり死ぬと言うことに、逃れようの無い恐怖を抱き続ける僕にとって、とくに印象に残る部分でした。
そして死も生もどう言うものか分からないからこそ、辛くとも今を良く生きるしか無い。
それは「適当に生きる」、場に適して生きることと言います。
そのさいに何をいちばん大切にするか、各自が考える必要があると言う点も、少し考えただけでも不必要なものが見えて来る日常に突き刺さりました。
大切にするものを選ぶひとつの考えとして、著者の南さんが過去仕えていらしたと言う、老僧の方のお言葉が紹介されています。
あることをやってみたら、人とのご縁が深く、強く、新しいご縁にも恵まれたのなら、それは善いこと。
もし逆なら、止めたほうがいいこと、とのことです。
僕、気付かないうちに、止めたほうがいいことやっているのかもなぁ。
なんて、薄々分かっている癖に思うのです。
もちろんそれだけで行動を選んでいませんが、もっと誠実であらねばと思います。
全てはいつかは破れると言うことは、確かなものなど無いとも言えそうです。
そうだとしても、絶対に正しいと思われる(自分にとって都合の良い)ものに縋りたくなるのです。
それが人間、と言うか僕の弱さだと気付きました。
克服する手段が、仏道としては坐禅なのでしょうか。
僕はまず、やはりここでも善良、正直、真心、誠実、感謝、謙虚を忘れずに日々を生きようと思います。


