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K0183のトーク
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  • K0183
    K0183

    見城さん
    昨日の私の投稿に対し、ご指摘を賜りました。

    『2人が同年同月同日生まれ、しかも、イニシャルも「I」ということは繰り返し僕が書いています。[「私」という男の生涯]の解説にも書いています。』

    私は昨日「この本で初めて知りました」と書いた。これは許されない失態です。
    覚えていない。完全に失念している。それが事実です。
    読んだはずだ、という自負に甘え、肝心なところを心身に刻めていない。

    それは読んでいないのと同じです。いや、それ以上に罪深い。物事に向き合う姿勢そのものが間違っていたのだと痛感しています。

    [「私」という男の生涯]が出版された頃、私はある書籍の執筆に追われていました。自分の名前は一切出ない、完全なゴーストライター。それでも命を削って書き、直し、また直し、さらに直した。出版されて書店の棚に並んだとき、自分の名前がなくても震えるような喜びを感じたのを覚えています。

    一冊を書き上げて出版することの苦しさと喜びのほんの一部かもしれませんが、それでも知っているはずなのに。見城さんが心を込めて綴られた言葉を失念するとは。情けなく、心が引き裂かれる思いです。自分の不誠実さが許せない。

    読書の仕方が間違っていたのだと痛感しています。文字を目で追うだけでは、読んだことにならない。見城さんの言葉を、自分の血肉にするまで読み込めていなかった。

    本当に申し訳ございませんでした。
    自分の未熟さを骨身に刻みます。猛省し、必ず立ち上がります。
    引き続きよろしくお願い申し上げます。 K0183

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  • K0183
    K0183

    見城さん
    お言葉ありがとうございます。

    文庫本の解説と伺いました。私が持っているのは単行本です。少しだけ救われた思いです。

    ですが、「繰り返し書いています」と仰る以上、それ以外の場所でも触れておられたはずです。心に留められていなかった事実は変わりません。

    文庫版も手に入れ、必ず読みます。今度こそ、血肉にするまで。
    引き続きよろしくお願い申し上げます。  K0183

  • K0183
    K0183

    見城さん
    文庫版『「私」という男の生涯』の補記を、拝読いたしました。読み終えて、しばらく動けませんでした。

    石原慎太郎さんが亡くなるまでの最後の一年、この本のゲラ直しのみに「命の炎」を燃やされていたというお話、そして「これが本当の俺なのだ」という強い覚悟に、言葉を失うほどの衝撃を受けました。

    二十五歳の青年が、四十四本の赤いバラを携えて訪ねる。そこから、暗唱という奇襲作戦に出る。「誠意とは、無理をすること」の原点が、そこにあった。

    冬の夜、十九歳も年の離れた若造に迷いや葛藤を率直に語る石原慎太郎さん。「その人に真心さえあれば真心で応える人だった」という一文に、「真心」の意味が、さらに深い場所で腑に落ちました。

    そして、余命三カ月の石原慎太郎さんが最後に望んだ短編全集。採算を度外視し、突貫工事で出版に漕ぎ着けた見城さん。「これが俺の遺作になるなぁ」と淋しそうに笑った石原慎太郎さん。その場面を読んだとき、涙が止まらなかった。

    十二年前に託された約束。発表まで秘密を守り通し、石原慎太郎さんの死後も、奥様が亡くなるまで待ち、ようやく果たされた約束。「約束を果たせたことにほっとしている」という一文の裏側に、どれほどの孤独と忍耐と覚悟があったのか。

    「石原慎太郎のいない世界に僕は残されて生きている。そのことに僕は耐えられない」
    この一文は、見城さんの魂の叫びそのものだと。喪失感でもない、悲しみとも違う、淋しいという言葉も当てはまらない――それでも生きている。その事実を引き受けて、なお熱狂のど真ん中に立ち続けている。

    補記は「追悼」ではなく、見城さんが今も戦場に立ち続ける理由の告白に読めました。失ったものを抱きしめたまま、約束だけは果たし切る。この静かな強さに、私は自分の仕事と人生の弱さを、否応なく見せられました。

    この補記を読めたことに感動しています。
    私にも、約束があります。今日も戦場に立ち、約束を一つずつ果たしていこうと思いました。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、おはようございます。

    昨夕、日々のルーチンの「仕事の練習」をしていました。直径2センチ、深さ10センチの円筒の底で、直径2ミリの模型を、髪よりも細い糸と針で縫いつける。同業でも、ここまで負荷をかけた練習をする人は少ないと思います。

    そこへ、かつての職場のかなり年下の後輩から連絡がありました。試験を受けるために、私のサインが必要だと。これも私がかつての職場を去った時から毎年続いている恒例行事です。

    あまり言いたくはないですが、私は難易度の高い資格をいくつか有しています。都内でも大阪でも、私同様の有資格者は十人もいません。「教授」という人でも私と同じ資格を有している人と会うのは稀です。
    それは私の能力では全くなく、今は亡き師匠のおかげです。

    ただ、数年も経つのに、まだ私の力が必要なのかと、直近の後輩の努力のなさを憂います。正直、もう連絡はして欲しくない。亡き師匠との思い出は、覆い隠しているけれど、何かの弾みで溢れ出してくる。

    一昨日、見城さんの[「私」という男の生涯]の補記を読みました。

    「石原慎太郎のいない世界に僕は残されて生きている。そのことに僕は耐えられない」

    この一文を読んだとき、自分の中の蓋が外れました。

    師匠のいない世界に私は残されて生きている。そのことに私は耐えられない。
    ずっとその想いで生きてきた。ずっと亡き師匠を抱きしめて生きてきた。

    本当は耐えられない。こんな残酷すぎる人生を、なんで神様は与えたのか。そもそも、神様はいるのだろうか。そう思って生きてきた。

    苦しいのは正しい。悲しいのは正しい。正しく生きているのだと、師匠に恥じることなく生きているのだと、自分に言い聞かせて生きている。

    師匠との約束がある。バトンも渡された。
    私はこのリングを降りるわけには、まだ、いかない。
    いっぱい泣いたけど、また立ち上がる。

  • K0183
    吉田真悟吉田真悟
    投稿画像

    『海のシンバル』
    久々原仁介著

    “僕は、君にちゃんと傷付けられて、幸せだった”

    下関のラブホテルで働く青年×毎週水曜に売春する女子高生
    気送管を使った秘密の文通でふたりは、一生分の恋をした。

    「小説家になろう」第1位(※) 
    「書籍化クラウドファンディング」431%達成

    話題のウェブ発恋愛小説ついに書籍化!

    (※)2025年12月 文芸(純文学)ランキング

    ”触れない。見れない。だからこそ、愛した。”

    下関の海岸沿いに立つ“ファッションホテル”ピシナムで働く磯辺逢深は、そこで売春する少女・Rと、客室と受付を繋ぐ気送管を使って短い手紙のやり取りを始める。互いに惹かれる二人だったが、ある冬の日、Rは突然姿を消したーー。4年後、磯辺の元に「ピシナムの取材がしたい」とウェブライター・秋山千鶴が訪ねてくる。彼女との対話から、Rの失踪に秘められた残酷な真実が、ゆっくりと紐解かれていく。
    (ファッションホテル:受付にホテルマンが24時間待機しているラブホテルの呼称)

    不器用で痛々しい二人の恋に、きっとあなたも涙する。

    著者について
    1996年、山口県下関市生まれ、在住。梅光学院大学文学部人文学科文芸創作専攻卒業。詩人であった祖父の影響を受け、幼少期より詩や散文に親しむ。高校生の時に受講した講義で、芥川賞作家・村田喜代子氏に見出され、師事するために同大学へ進学、創作技法を学ぶ。2018年より代表作『海のシンバル』をウェブ小説投稿サイト「小説家になろう」で連載開始。2022年に同作の書籍化を目指したクラウドファンディングを実施し、目標金額を大きく上回る172万円(261名、達成率431%)の支援を集めた。X(旧Twitter)やnoteなどのSNS、「小説家になろう」「カクヨム」などのウェブ小説投稿サイト、文学フリマを中心に活動する。SNS総フォロワー数は約15000人。本作が商業出版デビュー作となる。

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  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。

    昨日、いっぱい泣いて、また立ち上がると書きました。
    酷く心が疲れていますが、今日も変わらず戦場の一日です。こんな時に限って、憂鬱なことが山積みになっています。

    その中で、唯一心が動いたものがありました。
    久々原仁介さんの『海のシンバル』です。

    「僕は、君にちゃんと傷付けられて、幸せだった」
    この一文に、心を強く抱きしめられた気がしました。

    傷つくことを引き受けた人間だけが言える言葉。傷つかずにはいられない恋こそ、本当の恋なのかもしれない。昔の記憶が蘇ってきました。

    そして、気送管という限られた「管」の中でしか言葉を交わせない二人。だからこそ、一文字に想いを込める。届くかわからないからこそ、真心を尽くす。

    著者の久々原さんは、師に出会い、鍛えられ、積み上げて商業出版に辿り着いた。その道のりは、まさに圧倒的努力の物語そのものだと思いました。

    師との出会いが人生を変える。それは私自身が身をもって知っていることでもある。

    まだ読んでいません。だからこそ、読む前の、この胸の震えを記しておこうと思いました。今の私の心に何か届くものがあるのかもしれない。
    読んでみよう。

    今日も、正直、誠実、善良、真心を尽くして。
    今を生きる一人の横田慎太郎として。
    本日もよろしくお願い申し上げます。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんばんは。
    久々原仁介さんの『海のシンバル』を十二章まで読みました。

    「傷つくということ」を、改めて考えさせられています。

    「僕は、君にちゃんと傷付けられて、幸せだった」
    この言葉は、痛みの奥にあった「守りたかったもの」を、こちらに突きつけてくる。

    この物語は静かに問いかけてくる。
    「あなたが守ってきたものはなんですか?」
    「でも、あなたが本当に守らないといけなかったものは、なんですか?」

    私は、本当に守るべきものを置き去りにしてきたのではないか。
    傷つくことを引き受けなかった代償は、消えない傷になって残っている。

    気送管の中で交わされる、震えるような一文字一文字。それは、私がかつて手放してしまった「あの一瞬」の価値を、今さらながら思い知らせてくるようです。

    残り三章。
    読み終えるのが怖い気もします。でも、最後まで読まなければいけない。
    自分が本当に守りたかった「何か」に、もう一度、向き合うために。

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま。
    『海のシンバル』を読み終えて、深い余韻に浸っていました。

    気送管という細い管の中でしか言葉を交わせない二人。あの限られた通路は、どこか人生そのものに似ている。不器用な二人は、どこも似てない似たもの同士。伝えられる言葉には限りがある。一方的に送り続けることも、受け取り続けることもできない。届くかどうかもわからない。それでも、真心を込めて送り出す。

    「僕は、君にちゃんと傷付けられて、幸せだった」
    今、少しだけわかる気がします。
    痛みを引き受けて、その人を心から愛し切った者の言葉なのだと。

    私にも、そう言えればよかった人がいる。傷付くことを引き受けられなかった。周囲に振り回されて、大切なものをどこかに置き去りにした。今さらその本当の価値に気づいても、もう何一つ戻ってこない。

    それでも、あのとき確かに、自分の人生のすべてを賭けて愛そうとしていた。その純粋さだけは、今も心の底に、消えずに沈んでいる。

    傷付くことを引き受けた時間こそが、愛した証になる。傷付かなかったことの方が、ずっと深く、消えない傷になって残る。

    この物語は、私の海のいちばん深い場所に沈んでいた『自分』を、静かに掬い上げてくれる。

    だから、読み終えた今も、海の中でシンバルの音が響き続けています。
    「あなたが本当に守らないといけなかったものは、なんですか?」

  • K0183
    K0183

    見城さん、755の皆さま、こんにちは。
    久々原仁介さんの『海のシンバル』を昨日、読み終えました。

    久々原さんのことは存じ上げなかった。755で見た瞬間、直感的に心に響くものがあった。だから、何も調べなかった。先入観なしに、この物語と向き合いたかった。仕事終わりに、閉店間際の書店に駆け込みました。

    四日間、この物語と過ごしました。読む前の震え、途中の痛み、読み終えた後の深い余韻――そのすべてを、ここに記してきました。

    久々原さんの文章は、透明感があって、やさしい。自分でも触れないようにしていた心の傷に、そっと触れてくれる。苦しみを静かに引き上げ、哀しみをあたたかく掬い上げてくれる。

    読み終えた今、久々原さんのことを少しだけ調べてみました。「note」を拝読して、ある言葉に目が留まりました。

    「君に、小さな夜をあげるよ」
    自分をひとことで表すと「水」。自分の作品を色に例えると「青灰色」。

    その瞬間、ゴッホの『星月夜』が浮かびました。
    ――水のように透明で、青灰色の空の星月夜。

    夜に、星と月が輝いたら、祈りを捧げたくなる。永遠さえも壊したくなるほど草臥れた私を、やさしく抱きしめてくれる――あの世界。

    この四日間、私は確かに久々原さんから「小さな夜」をもらっていたのだと思います。酷く疲れた心に、静かな夜をくれた。その夜の中で、海のいちばん深い場所に沈んでいた「自分」と「あの人」と、もう一度向き合うことができた。

    それこそが、『海のシンバル』なのだと。