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修治のトーク
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  • 修治
    修治修治

    良い作品🎬をしっかりと、その中身を噛み締めて観た人同士で、その作品について実のあるやり取りをする事は面白い。

    娯楽作品も良いし、最近の流行りを観るのも良い。
    けれど、時代が変わっても評価され続けている素晴らしい作品は一味も二味も違う。

    鑑定家や骨董品屋が、審美眼を鍛え育む際...または贋作と真作と見分ける眼を鍛える方法とは、ひたすら真作・名作を見続けふれる事だという。
    斯様に読書でも映画でも、良い作品を鑑賞し続けていると、クオリティの低い作品に接した際に色々と気づく事は多いだろう...と自分は考えるし、実際に自分はそうである。

  • 修治
    修治修治

    以下の文は『カラマーゾフの兄弟』の中の一節だが、自分にも〝絶対にSNSに書かないし、人から「それは誰ですか?」と質問されても決して答えない〟けれど、アリョーシャにとってのゾシマ長老の様な存在の人がいる。

    まぁ…ゾシマ長老の最後の人々の反応は、ずいぶんとアレだけれど(苦笑)

    ↓↓↓
    やはり圧倒的多数はもう疑う余地なくゾシマ長老の側についていたし、その中のきわめて多くの者が長老を心から、熱烈に、ひたむきに愛してさえいた。
    なかには、ほとんど狂信的に惹かれている者もいた。
    (中略)
    アリョーシャにとってそんなことは問題ではなかった。なぜなら、彼はもうわが師の精神力を全面的に信じていたし、長老の名声は自分自身の勝利にもひとしかったからである。
    (中略)
    そう、労働と悲しみと、そして何よりも、常日ごろの不公正と、自分自身の罪ばかりか全世界の罪によっても常に苦しめられているロシア民衆の穏やかな魂にとって、聖物なり聖者なりを見いだして、その前にひれ伏し、礼拝する以上の、慰めや欲求など存在しないことを、彼はよく知っていた。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    誰にとっても、その様な対象となり得る人物がいるのは、不思議な事ではないのかもしれない。
    もっとも自分にとっての、その様な対象の人物は宗教家ではないがw

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  • 修治
    修治修治
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    ついこの間お客さん達と、店でタクシードライバー観ながら盛り上がってたけどさ…やっぱり男性は皆んな、この作品🎞️が大好きなんだよな😁

    特に例のシーンがねwなんか…家の机の引き出しをぶっ壊して、袖口からコルトの小口径拳銃のスライダー(通称スリーブガン)を自作するシーンが♪