絶望しきって死ぬために
トーク情報- 死ぬために生きる
死ぬために生きる 見城さんが[Ginza脇屋]で飲まれたワイン
左から
ケンゾー アサツユ 2024
コシュ・デュリ ムルソー・ジュヌヴリエール 2022
ルフレーヴ シュヴァリエ・モンラッシェ 2021
ボノー・デュ・マルトレイ シャルルマーニュ 2022
見城さんが死ぬ前に食べたいと仰る悶絶の北京ダック。
北京ダック以外のお料理も、お写真を拝見するだけで頬が落ちそうですが、更にそこに選び抜かれた至極のワイン。
また、お料理やワインはもちろんのこと、見城さんにご投稿いただいたお写真から感じられる、こだわり抜かれた器、アート、店内の雰囲気からも感銘を受けます。
見るこちらまでもがワクワクしてしまう夜。 - 死ぬために生きる
死ぬために生きる ![投稿画像]()
2014年1月13日。
あの日の夜を思い出すと、今も吐き気を催すほどに胸を締め付けられる。
あの日の夜は、30年の人生で、唯一と言える感傷に浸れるだけ浸った夜だった。
12年前の1月13日は成人の日。
僕たちは旧国立競技場で行われた、全国高校サッカー選手権の決勝戦を戦った。
結果は2-3の敗戦。
2点リードから試合終了間際に同点に追いつかれ、延長線ではスーパーゴールを喫し、僕たちは最後の国立というこれ以上ない舞台で、奇跡の逆転劇を披露された側となった。
しかしあの日の夜に感傷に浸ったのは、この大切な試合で負けたからではない。
永遠と思われた高校3年間と言う青春が、終わることを悟ったから感傷に浸ったのだ。
その日の夕食後、号令をかけずとも3年生全員が同じ部屋に集まり、決して広いとは言えないホテルの部屋で自然と車座となった。
その後は全員で3年間の想いを伝え合い、気付けば点呼をするために部屋を訪れたコーチも輪に加わり、共に頬を濡らしていた。
誰かが部屋へ戻ってしまうと、この時間が終わるだけではなく、寮生活、授業、練習、遊び、仲間と過ごした永遠がそこで終わってしまう気がして、誰も部屋には戻れなかった。
未だにあの日の夜はどうやって解散したのか、朝を迎えたのか、全く記憶にない。
あの日決勝で負けたことも、僕が高校で結果を残せなかったことも、今の自分が中途半端なプロサッカー選手であることも、全てが僕の努力不足だ。
だからこそ、あの日の夜を思い出すと吐き気が催すほどに胸を締め付けられる。
僕は今、曲がりなりにも目標に向けて憂鬱な日々を過ごしているつもりだが、この憂鬱を圧倒的努力の糧として目標を達成することができれば、あるいはあの日の夜にも顔向けできるだろうか。
千駄ヶ谷や、当時泊まっていたホテルがある品川を通るだけでも胸が締め付けられるが、それらも緩めてあげられるだろうか。
死ぬ時に絶望しきることができなければ、きっとそれは不可能だ。
そのためには1日1日を一日一生で生きる必要がある。
絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ。
今日も見城さんのお言葉に支えられてただただ生きる。
昔の自分、情けない自分を抱きしめるために。
あれからの12年は一瞬だった。これからの時間も一瞬だ。






