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死ぬために生きる
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2014年1月13日。 あの日の夜を思い出すと、今も吐き気を催すほどに胸を締め付けられる。 あの日の夜は、30年の人生で、唯一と言える感傷に浸れるだけ浸った夜だった。 12年前の1月13日は成人の日。 僕たちは旧国立競技場で行われた、全国高校サッカー選手権の決勝戦を戦った。 結果は2-3の敗戦。 2点リードから試合終了間際に同点に追いつかれ、延長線ではスーパーゴールを喫し、僕たちは最後の国立というこれ以上ない舞台で、奇跡の逆転劇を披露された側となった。 しかしあの日の夜に感傷に浸ったのは、この大切な試合で負けたからではない。 永遠と思われた高校3年間と言う青春が、終わることを悟ったから感傷に浸ったのだ。 その日の夕食後、号令をかけずとも3年生全員が同じ部屋に集まり、決して広いとは言えないホテルの部屋で自然と車座となった。 その後は全員で3年間の想いを伝え合い、気付けば点呼をするために部屋を訪れたコーチも輪に加わり、共に頬を濡らしていた。 誰かが部屋へ戻ってしまうと、この時間が終わるだけではなく、寮生活、授業、練習、遊び、仲間と過ごした永遠がそこで終わってしまう気がして、誰も部屋には戻れなかった。 未だにあの日の夜はどうやって解散したのか、朝を迎えたのか、全く記憶にない。 あの日決勝で負けたことも、僕が高校で結果を残せなかったことも、今の自分が中途半端なプロサッカー選手であることも、全てが僕の努力不足だ。 だからこそ、あの日の夜を思い出すと吐き気が催すほどに胸を締め付けられる。 僕は今、曲がりなりにも目標に向けて憂鬱な日々を過ごしているつもりだが、この憂鬱を圧倒的努力の糧として目標を達成することができれば、あるいはあの日の夜にも顔向けできるだろうか。 千駄ヶ谷や、当時泊まっていたホテルがある品川を通るだけでも胸が締め付けられるが、それらも緩めてあげられるだろうか。 死ぬ時に絶望しきることができなければ、きっとそれは不可能だ。 そのためには1日1日を一日一生で生きる必要がある。 絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ。 今日も見城さんのお言葉に支えられてただただ生きる。 昔の自分、情けない自分を抱きしめるために。 あれからの12年は一瞬だった。これからの時間も一瞬だ。

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絶望しきって死ぬために
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    死ぬために生きる

    見城さんが[HIBACHI]にて昨夜飲まれたワイン

    左から

    ルフレーヴ バタール・モンラッシェ 2019

    ルフレーヴ ヴィアンヴニュ・バタール・モンラッシェ 2019

    ドン・ペリニヨン P2 2006


    誰もが知るシャンパーニュの最高峰、ドン・ペリニヨン。
    「Plénitude」には、フランス語で「最高潮、絶頂、豊かさ」などの意味がある。

    P2は通常のドン・ペリニヨンの約2倍、16年もの長期熟成を経る。
    その長い期間の中で訪れる2回目の熟成のピーク。
    まさに「第二のPlénitude」。

    見城さんがご一緒に時間を過ごされた皆様、お料理、お店、ワイン。
    全てに想いを馳せます。
    いつも有難うございます。

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    死ぬために生きる

    見城さんが麻布十番[乃南]にて昨夜飲まれたワイン

    左から

    コシュ・デュリ ピュリニー・モンラッシェ レ・ザンセニエール 2022

    ルフレーヴ バタール・モンラッシェ 1983

    大変遅くなりましたこと、ただただ不徳の致すところでございます。
    申し訳ございません。

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    死ぬために生きる

    見城さんが六本木[瀬里奈]にて飲まれたワイン

    左から

    ミシェル・ニーロン シャサーニュ・モンラッシェ クロ・ド・ラ・マルトロワ 2008

    ルフレーヴ ピュリニー・モンラッシェ レ・フォラティエール 2023

    夜分遅くに申し訳ございません。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる
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    4回目の映画[栄光のバックホーム]。

    4回目は母と共に。
    なんと母も4回目。
    1回目は僕と、2回目は姉と、3回目は叔父と叔母を誘って観たらしい。

    僕も叔父と叔母を誘おうと思っていたため、その点母には感服だ。
    ちなみにその叔父と叔母は、共に癌の寛解と転移を経験している。

    何度観ても僕は自分自身の小ささと過去の人生の浪費を思い知らされる。
    「ちゃんと生きているか?」と横田慎太郎さんに問いただされる。

    そして、今命がある奇跡と、母や家族はもちろん、他人と思われる全ての人への愛で心が満たされる。

    そんな部分に加え、どんな時に観るか、誰と観るかで、他の部分の感じ方やメッセージは変わる。
    こんな映画今までにあっただろうか。

    今回はトレーナーの土屋明洋さんと横田慎太郎さんの会話が深く心に刺さった。

    僕の引退はどれだけ長くても1年半後。
    選手としても社会人としても決して若くはない。
    この夢から覚める時には32歳となっている。
    夢から覚めるまで、辞めるまで、僕はやりきるしかない。サッカーを自分の人生そのものだと言えるくらいに、とにかく愚直に誠実に。
    そうなれなければ先はない。

    サッカー選手としてのキャリアも、いつまで生きられるかわからないこの人生も、一睡の夢。
    もっとやらなければ、狂わなければ意味がない。

    僕はまだまだ甘い。
    横田慎太郎さんが、見城さんが、秋山監督が、松谷鷹也さんが、関わる全ての人が命懸けで投げたバックホームは、今日もノーバウンドで僕の心のど真ん中に突き刺さった。

    横田慎太郎さんの人生も、映画[栄光のバックホーム]もまさに奇跡。
    関わる人、観る人を栄光へと導いていく。人生を変えていく。

    一日一生。僕なりの人生のバックホームを。
    人が奇跡、栄光と呼ぶものを圧倒的努力でこの手に。
    全てが終わる時、微かに笑う。

    今日も観終わったあと、僕はしばらく席を立てなかった。