ログイン
詳細
死ぬために生きる
投稿画像

4回目の映画[栄光のバックホーム]。 4回目は母と共に。 なんと母も4回目。 1回目は僕と、2回目は姉と、3回目は叔父と叔母を誘って観たらしい。 僕も叔父と叔母を誘おうと思っていたため、その点母には感服だ。 ちなみにその叔父と叔母は、共に癌の寛解と転移を経験している。 何度観ても僕は自分自身の小ささと過去の人生の浪費を思い知らされる。 「ちゃんと生きているか?」と横田慎太郎さんに問いただされる。 そして、今命がある奇跡と、母や家族はもちろん、他人と思われる全ての人への愛で心が満たされる。 そんな部分に加え、どんな時に観るか、誰と観るかで、他の部分の感じ方やメッセージは変わる。 こんな映画今までにあっただろうか。 今回はトレーナーの土屋明洋さんと横田慎太郎さんの会話が深く心に刺さった。 僕の引退はどれだけ長くても1年半後。 選手としても社会人としても決して若くはない。 この夢から覚める時には32歳となっている。 夢から覚めるまで、辞めるまで、僕はやりきるしかない。サッカーを自分の人生そのものだと言えるくらいに、とにかく愚直に誠実に。 そうなれなければ先はない。 サッカー選手としてのキャリアも、いつまで生きられるかわからないこの人生も、一睡の夢。 もっとやらなければ、狂わなければ意味がない。 僕はまだまだ甘い。 横田慎太郎さんが、見城さんが、秋山監督が、松谷鷹也さんが、関わる全ての人が命懸けで投げたバックホームは、今日もノーバウンドで僕の心のど真ん中に突き刺さった。 横田慎太郎さんの人生も、映画[栄光のバックホーム]もまさに奇跡。 関わる人、観る人を栄光へと導いていく。人生を変えていく。 一日一生。僕なりの人生のバックホームを。 人が奇跡、栄光と呼ぶものを圧倒的努力でこの手に。 全てが終わる時、微かに笑う。 今日も観終わったあと、僕はしばらく席を立てなかった。

前へ次へ
絶望しきって死ぬために
トーク情報
  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    又江原さん、名前を出していただき有難うございます。
    私は名前を出していただけるような人間ではないので大変恐縮ですが、光栄に思います。

    私も、書いている言葉が自分のものなのか、日頃より考えるようにしています。
    しかし、何をどれだけ書いてみても、見城さんや755の皆様、箕輪さんのお言葉を借りているだけになっているのではないかと、日々自分の小ささを感じています。

    自分自身に全く自信が無く、震えているだけなのかもしれませんが、そんな自分にも寄り添い、多くの人の心のど真ん中に真っ直ぐノーバウンドで想いを届ける見城さんの「言葉の正確さ」に、いつも魂を揺さぶられます。

    私は情けないほどに敗者の道を歩んでいますが、私も「自己検証、自己嫌悪、自己否定」を持ち、圧倒的に「他者への想像力」を働かせ、ようやく心の奥底から湧いてくる少しの自己肯定や自意識と共に、今日をもう少し生きようと思います。
    借り物、その場しのぎの言葉となってしまわぬように。

    背筋が伸びる思いです。
    又江原さん、有難うございます。
    755に感謝。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる
    投稿画像

    昨晩は幻夏舎第一回飲み会。
    冷え込みの厳しい冬の夜に、幻の夏の熱さ。

    有志だけがスタッフのイベントだったが、かなりの盛り上がりを見せていた。
    1人1人が熱狂していたからイベントは成り立っていたのだと思う。

    やる人はやっている。
    結果を出す人は圧倒的努力している。
    人柄も実直。

    自分自身の実力不足、他者理解不足を痛感した。
    この日は陽が昇るまで東京を歩き回り、始発の新幹線で実家へ帰った。
    正確に言うと今の季節は始発の時間もまだ暗い。

    歩いたことも、ここで言葉にしていることも自己救済。
    今、僕には何ができるか。それを毎日1日きりの命を生ききり、やりきる。

    幻夏舎は僕にとって特別。
    豚に食われたくない。日々学ぶ。日々やることをやる。

  • 死ぬために生きる
    死ぬために生きる

    ↑見城さん、リトークとご投稿をいただき有難うございます。

    ぬくぬくと飼い慣らされた麓の太った豚にはならないように、自分を戒めます。

    憂鬱こそ、極端こそ我が命!
    今日も1日生ききる。それのみ。