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モリカツのトーク
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  • モリカツ
    久々原仁介久々原仁介

    モリカツ様

    このたびは、丁寧なお言葉をお寄せいただき、本当にありがとうございます。

    K0183様のお言葉に共感されたというご感想、そしてご自身のご体験までお聞かせいただき、大変ありがたく拝読いたしました。

    「755で知って手に取った」というお話、まさに読者の方同士の言葉が作品を届けてくださったのだと実感しております。

    「一人の読者の言葉が、次の読者を連れてくる」

    本当に、その通りだと思います。いまは一歩ずつ、読者を増やしていくために交流の時間を設けられないか、色々と試行錯誤しております。

    サイン会、できたらとても嬉しいなぁと思っております笑 今のままでは開いても来てくれる人がいるかな、と不安ではございますが、目標は長蛇の列がいいですね✨

    モリカツ様、本当にありがとうございます。

    今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

    久々原仁介

  • モリカツ
    モリカツ

    久々原さん、私のような何者でもない一読者を大切にして下さって本当にありがとうございます。嬉しいです。

    リトーク、拍手ありがとうございます。重ねて御礼致します。

    長蛇の列。いいですね。でも、長蛇でもそうでなくても応援してますよ。

    作家の方の苦悩と孤独を想像すると、まさに恐怖を感じる事が現実なのかなと思います。

    賞賛と批判が必ずあると思いますが、間違いなく久々原さんを応援する者がいるということを思い出して頂けたなら嬉しいです。

    体調を崩されていたとの事。何をするにも健康は基本です。どうか健康にご留意されつつ、これからの更なる活躍を応援しております。

    次回作が出たら絶対買って読みますからね。

    本当にありがとうございました。

  • モリカツ
    モリカツ

    将棋のマイナビ女子オープン5番勝負が始まりました。

    福間さんと西山さんの戦いです。第1局は西山さんの勝ちでした。

    福間さんは1児の母でもあります。私は福間さんが妊娠、出産に関して将棋界に提言した事が、とても勇気ある行動だなと応援する気持ちで見てました。

    将棋はスポンサーがいないと成立しない部分が多くあります。タイトル戦などはその最たるものです。

    しかし、女流棋士は妊娠、出産するとタイトル戦の日程通りに対局が出来なくなるケースが生じます。現行のルールでは対局に来れない時は不戦敗です。

    ですから、事実上、妊娠、出産によりタイトル戦を戦えないと言う事になります。

    福間さんは、タイトルか出産かと言う選択ではなく、両方目指せる世界にしていただきたいと提言したのです。

    これは本当にその通りだと思います。

    確かにお金を出しているスポンサーに対して、将棋連盟側が○○タイトル戦を今年は中止しますとか、タイトル戦の対局をこの月からこの月まではやりませんとか言えないと思います。

    しかしながら将棋界をより素晴らしく魅力あるものにするためにも、どうか福間さんの提言を受け止めて、協議を進めて頂きたいと思って見ております。

  • モリカツ
    モリカツ

    今日は将棋の名人戦のことを書こうと思っていましたが、急遽変更して755の書き込みのことを書きます。

    2つあります。

    1つは秋山監督がアップしたYouTubeの動画。見城さんにここまで言わせる西野という男の凄さ、辛さ、苦悩。何と書けばいいのでしょうか。私には上手く表現する事が出来ません。

    見城さんが西野さんを語る言葉、つまりは西野さんへのリスペクトや信頼の言葉が厚ければ厚い程、それはそのまま西野さんの地面を這うような艱難辛苦を表している訳で、私はただ呆然と見る事しか出来ませんでした。あらゆる苦難を経験し、潜り抜けてきた見城さんだからこそ言える言葉でもあるのだと思います。

    私は既に2回約束の時計台を観ましたが、とにかく今思ったのは、早く北極星読まなきゃって事です。そもそも読むつもりでしたが、読もうとする本の順番を入れ替えて早急に読みます。

    2つ目は久々原さんの書き込みです。
    人生の歯車が狂って2度と戻る事のないような、そんな心からの叫びを書きたいとおっしゃっておられました。

    私は作家の方が何故作品を書くのかと言えば、書かずにいられないマグマのような感情が常人とは比較にならない位、強く心にあるからだと思っています。

    それはある種の狂気を纏った感情と言っても良い。岡本かの子、谷崎潤一郎、森鴎外…およそ文豪と言われる作家で狂気を感じない人はいないと言っても過言ではないと思います。

    狂気と現実のはざまの、危うい幽玄の世界を歩むのが表現者の背負う業なのかもしれません。

    そう考えた時、久々原さんの衝動は、肯定的なもの、必要なものなのではないでしょうか。

    本屋大賞が欲しい。いつか必ず。羨望や焦りの感情をも含めて書く。ぶつける。表現する。私は久々原さんの次回作を必ず買います。読みます。久々原さんの感情のマグマが溢れ流れ出ている作品を待っております。

  • モリカツ
    久々原仁介久々原仁介

    すべてをかけて、自分の人生の歯車が狂って二度と戻ることのないような…そんな心からの叫びを具現化した物語を書きたい。
    書きたい。
    書きたい。
    書きたいんだ、僕は。
    僕は、小説家になりたい。

  • モリカツ
    モリカツ

    ボクシングのWBC世界戦の挑戦者決定戦で那須川天心選手とファン・フランシスコ・エストラーダ選手が戦います。

    もちろん天心選手の応援です。

    エストラーダ選手は、かつて井岡一翔選手と戦う直前まで行きましたが、結局戦う事はありませんでした。フライ級とスーパーフライ級で世界チャンピオンになった名選手です。

    下馬評では、天心さん危うしという声がそこかしこで出ています。天心選手は前の試合で、井上拓真選手に負けています。ですから、今回負けてしまうと商品価値が底を打つことになります。

    でも今回のマッチメークが成立した訳ですから、所属の帝拳ジムや本人は勝ち得る、いけると判断をしている訳です。

    スピードは間違いなく天心選手が勝りますから、拓真選手と戦ったときの1、2ラウンドと同じような戦い方を12ラウンド続けることができたら、天心選手が勝つ可能性はあると思います。

    エストラーダ選手は、スーパーフライ級の王座を明け渡した後、バンタムに上がってきました。この時戦った相手があまりに強烈です。

    バムことジェシー・ロドリゲス。この選手は強い。無敗のスーパーチャンプです。この選手もバンタムに上がってきます。バンタム級には多くの日本人チャンプがおりますが、バムが席巻してしまう可能性が高いのではと思っています。

    このバム選手は井上尚弥選手を意識しています。しかしながら、尚弥選手はスーパーバンタム。そしてまもなくフェザーに上がろうとしています。

    残念ながら2人の戦いを見る事はないのかと思っていたのですが、もしかしたらという可能性が出てきました。

    尚弥選手は5月にこれまた無敗の中谷潤人選手とのビックマッチがありますが、スーパーバンタムでもう1つやりたい試合があると発言したのです。

    これはバムの事を言っているではと巷間言われており、私もそうじゃないかと思っています。

    これからの展開にワクワクしながら、まずは天心選手の応援です。頑張れ〜!

  • モリカツ
    モリカツ

    天心選手、おめでとうございます!

    口さがない人達を実力で黙らせましたね。
    素晴らしい勝利でした。5月2日の井上拓真選手vs井岡一翔選手の勝者と、世界タイトルマッチを行うこととなります。

    もしかしたら井上拓真vs那須川天心2があるかもしれませんね。

    明らかに強くなっている天心選手と拓真選手とのリターンマッチが実現したら、これまた垂涎のマッチメークです。

    果たして拓真選手は、井岡一翔選手との戦いを勝ち抜くことが出来るでしょうか。

    5月2日も楽しみです。

  • モリカツ
    モリカツ

    なんか今日は石原慎太郎さんに触れたくて、以前読んだ『「私」という男の生涯』をパラパラとめくってみた。

    少し前に『弟』を読んだのだが、実は読了後に本の表紙を見た時、それまで特に感情の波風なく漠然と見ていた幼い2人の兄弟の写真からしばし目が離せなくなった。こう思ったのである。この2人はもうこの世にいないのだと。

    そしてこうも思った。約30年前に『弟』を読んだ時は、弟の死を最後まで見届けた兄の視点による小説として、何ら違和感なく読んだものだが、慎太郎さんがいなくなってから読むと、これは弟ではなく兄弟の小説なのではなかろうかと。さらには、その小説は『「私」という男の生涯』をもって完結したのではなかろうかと。

    もちろん、『「私」という男の生涯』は自らの人生を回想した自伝であって、『弟』との関連を全く意図せず書かれたものであろうが、私にはそう感じられたのである。30年以上の年月を費やして完結した兄弟の物語というように。


    やはり死というものを考えされらせた。

    『弟』では、裕次郎さんの死をただの不在としか感じられないと表現している。しかしながら、『「私」という男の生涯』では、自らの死を意識して連綿と書き綴っている。

    思うようでない身体で、深い焦燥と孤独を背負いながら語られる慎太郎さんの心情は、否応なしに自分自身の死について考えらせらせるものであった。

    慎太郎さんが「最後の未知」、「最後の将来」と表現した死について、自分自身はどの様に迎えるべきなのだろうか。正直に言えば正解は分からない。分からないのだが、世間の物差しや評価ではなく、自分自身の心に照らして恥じない生き方をするという事かと思っている。

    もし、その様に生き切ることが出来たのなら、時にズルかったり、醜かったりした自分を許し認めてあげられるのかもしれない。

    身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂

    自らの信念に準じて従容と死に赴いた吉田松陰や、死ぬ瞬間に笑うために日々現実と戦い続ける見城さんの様に格好良くはいかなくとも、自身の来し方は大いに考えて良いのだと思う。