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ヤスナガ

菅政権の1年の実績を簡単にまとめてみればよくわかる。菅さんも最後が37%と落ち込んでいたが、今の岸田政権の支持率36%と全く意味合いが違う。 「脱炭素」 温暖化ガスを50年に実質ゼロにする目標を策定 「デジタル」 デジタル庁を新設し、行政デジタル化を推進 「社会保障」 年収200万円以上、75歳以上の窓口負担を2割に引き上げ 「携带」 携帯電話の利用料金引き下げを実現 「不妊治療」 不妊治療の保険適用にメド 「原発」 東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出を決定 「新型コロナ」 ワクチン接種を1日100万回、10~11月に希望する 国民の接種完了にメド 「憲法」 憲法改正の手続きを定める改正国民投票法を成立 「外交」 台湾海峡の「平和と安定の重要性」を明記した 日米共同声明をとりまとめ

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ヤスナガのトーク活動再開
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  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    AIの出力をなぞっただけの仕事は、履歴にならない。
    だが、AIの提案を前にして、あえて別の道を選んだ記録は、残る。

    成功であれ、失敗であれ、そこには「その人の判断」があるからだ。

    ここで、人間のプロフェッショナル像は完全に変わる。

    かつて:
    「正しい答えを出せる人」

    これから:
    「正しさの意味を定義できる人」

    この違いは、決定的だ。

    正しい答えは、誰でも持てる。
    だが、「何を正しいとするか」を決めることは、代替できない。

    資格が失効した世界で、人間が再び価値を持ったのは、
    この“意味を与える力”においてだった。

    彼は、ふと、自分の名刺を思い出す。
    そこに書かれていた、いくつもの資格。
    それらはもう、彼を守ってはくれない。

    だが、代わりに、彼には「選び続けてきた記録」があった。
    効率ではなく、信頼を選んだとき。
    正解よりも、納得を選んだとき。
    AIの提案に従わなかった、いくつかの瞬間。

    それらは、誰にも証明できない。
    だが、彼自身だけは知っている。

    「私は、決めてきた。」

    肩書きも、資格もない。
    だが、その言葉だけが、彼の仕事の本質だった。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    資格の時代は終わった。
    しかし、人間の仕事が終わったわけではない。

    むしろ、ここからが本当の始まりだった。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    第14章 「学び直し」ではなく、「問い直し」の時代

    資格の時代が終わったあと、社会は次の合言葉を探し始めた。

    「リスキリング」
    「学び直し」
    「アップデートし続ける人材」

    だが、それらの言葉には、どこか同じ匂いがあった。
    “まだ正解がある”という前提だ。

    何を学べばいいのか。
    どのスキルが将来有望か。
    どの資格が次に来るのか。

    人々は、かつて資格を追いかけたのと同じ構造で、
    「次の正解」を探し始めた。

    だが、その探し方そのものが、すでに時代遅れだった。

    なぜなら、答えを出すこと自体は、AIが担う時代だからだ。

    新しい技術が生まれ、制度が変わり、市場が揺れ動くたびに、
    「次はこれを学べ」「いや、こっちだ」と情報は氾濫する。
    しかし、そのどれもが、数年後には陳腐化する。

    学び直しても、また追い越される。
    スキルを積んでも、より速く、より安く、より正確なAIが現れる。

    この無限ループの中で、人間が消耗していく。

    だからこそ、この章で示す答えは、残酷でありながら、明確だ。

    人間に必要なのは、学び直しではない。
    “問い直し”である。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    何を学ぶか、ではない。
    **「何を問題だと定義するか」**である。

    ・この効率化は、本当に必要なのか
    ・この最適化は、誰を犠牲にしているのか
    ・この判断は、十年後の社会に何を残すのか

    これらの問いには、正解がない。
    そして、正解がないからこそ、AIには答えられない。

    AIは、与えられた目的を最大化する。
    だが、**「その目的自体が正しいのか」**を問うことはできない。

    この世界で、最後まで人間の仕事として残るのは、ただ一つ。

    「何を目的にするかを決めること」

    企業であれ、国家であれ、個人であれ、
    AIに任せられるのは“どうやるか”までだ。
    “なぜやるのか”は、常に人間の領域に残る。

    だから、これからの教育は、根本から変わっていく。

    暗記よりも、対話。
    正解探しよりも、問題設定。
    模範解答よりも、価値観の衝突。

    子どもたちに求められるのは、
    「速く解く力」ではなく、
    **「何を解くべきかを疑う力」**になる。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    企業においても同じだ。

    戦略はAIが立てる。
    市場分析もAIが行う。
    リスク評価もAIが担う。

    その上で、経営者に残る仕事は、ただ一つ。

    「それでも、我々はこの道を選ぶのか?」

    効率が落ちても、信頼を選ぶのか。
    利益が減っても、倫理を守るのか。
    短期的に不利でも、長期の意味を取るのか。

    ここには、データも、最適解もない。
    あるのは、覚悟だけだ。

    彼は、プロローグの朝を思い出す。
    「確認・承認のみを行ってください」
    と書かれていた、あの通知。

    あのとき、彼は、仕事が奪われたと感じた。
    だが今なら、はっきりわかる。

    奪われたのは、“作業”であって、“意味”ではなかった。

    むしろ、意味を与える責任だけが、
    人間の側に、より強く残されたのだ。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    資格は、役に立たなくなった。
    スキルも、すぐに陳腐化する。
    だが、問いだけは、陳腐化しない。

    人間が人間である限り、
    「それで、本当にいいのか?」という問いは、消えない。

    この時代において、
    プロフェッショナルとは、知識の量ではなく、
    問いの深さによって定義される存在なのだ。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    エピローグ それでも、人間であるということ

    夜のオフィスは、静かだった。

    かつては人の声がしていた。
    電話の音、キーボードの打鍵音、紙をめくる音。
    今は、サーバーの低い駆動音だけが、空間を満たしている。

    彼は、モニターの前に座っていた。
    AIが提示した、完璧なレポート。
    誤差はなく、論理は一貫し、数字は美しい。

    画面の隅に、いつもの表示がある。

    「最適解を提示しました。承認してください。」

    かつてなら、彼は迷わず承認していただろう。
    それが、正しく、効率的で、無難な選択だからだ。

    だが、今日は、違った。

    彼は、レポートを閉じた。

    窓の外には、静かな街が広がっている。
    この決定によって、配置転換される人がいる。
    この効率化によって、切り捨てられる部署がある。
    この合理化によって、守られなくなる何かがある。

    AIは、それを「副次的影響」と呼ぶ。
    だが、人間にとって、それは「誰かの人生」だ。

    彼は、深く息を吸い、キーボードに指を置いた。

    承認、ではない。
    修正、でもない。

    彼は、新しい指示を打ち込んだ。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    「別の選択肢を提示してほしい。
    効率が下がってもいい。
    人が残る案を。」

    数秒後、AIは即座に応答する。
    別案。コストは増える。収益性は下がる。
    だが、雇用は維持され、関係性は壊れない。

    彼は、それを見つめた。

    どちらが“正解”かは、わからない。
    だが、どちらを選ぶかは、彼が決める。

    彼は、エンターキーを押した。

    その瞬間、世界が少しだけ、彼の選択に従って動き出す。

    資格は、もう彼を守らない。
    肩書きも、専門性も、以前ほどの意味を持たない。

    だが、それでも。

    「私は、決めた。」

    この一文だけが、
    AIにも、制度にも、代替されない。

  • ヤスナガ
    ヤスナガ

    人間は、もはや最も賢い存在ではない。
    最も正確でも、最も速くもない。

    それでも、人間は、
    意味を引き受ける存在であり続ける。

    資格が終わり、
    正解が機械に委ねられた世界で、
    人間に残された最後の仕事は、ただ一つ。

    「それで、本当にいいのか?」と問い、
    その答えを、自分の名前で引き受けること。

    この物語は、資格を失った者たちの敗北ではない。
    それは、
    “人間とは何か”を、もう一度引き受け直す物語だ。

    そして、これからの時代に生きるすべての人間に、
    静かに、しかし確かに、こう問いかけている。

    ——あなたは、何を選ぶのか。